たい。ユトリロはコンミニストの本部を描いたことを、大観が海山の風景を描き、その売上げを聖戦の資に献じたといふこととをいまここに論じようといふのではない。不思議なことには、ユトリロの油絵の方法と、大観の日本画の方法とがまことに良く似てゐたといふことを、問題として採りあげてみたいと思ふのである。
この二人の作家は国籍が異なるが、精神的な綿密な、また心理の段階を、手段化、方法化してゐるやり方は二人ともよく似てゐる。日本の洋画家の粗雑な油絵の具の扱ひ方の乱暴極まるものを許り見馴れてゐる私にとつては、ユトリロがおツユたつぷりで、それを根気よく重ねてゐる、柔らかい作品をみて、これこそ真個《ほんと》うの油絵で、日本の洋画家は油絵を描くどころか、油絵といふ材料を満足に使ひこなせてゐないのだと痛感したものであつた。
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時局と日本画
――横山大観の場合
事変は芸術各部門にそれ/″\の衝撃を与へた、日本画壇においても、そのショックを免れるわけにはいかなかつた、先づ明瞭な現れとして戦時インフレイションのお蔭で、近来珍しく日本画が売れ、その価格も突拍子もない高価な取引が行はれた、然しすべての日本画家がその作品が売れるわけではない、矢張り少数の「選ばれた者」だけで、依然として物質的不遇な作家は多いわけだ、ただ事変下において、日本画もまた完全に商品化の路を辿つたといふことである、従つて制作を刺戟されて、作品が大量に描かれ展覧会も頻りに行はれ、有名無名に拘らず、この制作刺戟の恩恵にだけは浴したわけである、その機会を唯一のものとして、まるで株の売買のやうに、自分の作品を売りに出す一方の作家もある、この種の作家は乱作してゐる、制作刺戟を唯一の勉強時とばかり、良心的な研究作品を発表してゐる作家もある、斯ういふ時期には、また画壇でも政治的工作の多い時であるから、絵もろくに描かずにその方面に心を使つてゐる作家もある。
最近の日本画壇の一問題としては、横山大観の個展であらう、海と山とに因む二十点の作品は一枚二万五千円宛に、計五十万円に売れ、陸海軍に分割して、寄附した、まことに彩管報国を実践したわけである、この作品展は事変下の制作刺戟をもつとも有効に、芸術的情熱と、政治的意義とを捉へることに、ふりむけて成功したものといふことができるだらう、芸
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