、招待状を貰つて出かけなければ義理が悪いか、批評家とか、職業的に美術に関係してゐる人とか、展覧会を見るといふ自発性は多忙な都会生活者にとつては全くないといつてもよい。百貨店で展覧会を開くようになつてから、買物の序でに見るといふ大衆が多くなつた。それは非常に良いことに違ひない。私は大観氏の個展をデパートで買物の序でに見て、それから帰宅してから、友人三人に速達を書いて出した。君は出不精だから個展などを見るやうなことも少ないだらうが、いま開いてゐる大観の個展は是非見てをくことをお奨めするといふ文面の葉書を出した。
大観の「海と山に因んだ個展」は、これを知らずに見遁した人は格別として、開いてゐることを知つてゐて特別の事情もないのに見遁した人があつたとしたら、ちよつと悔恨ものだらうと思ふ。私はここでこの文章を書きたい心といふのは、大観に対する特別な蔑視感をもつてゐる人が少なくないといふことを思つて、一つの正統さをこの人々に求めたい気持なのである。「ああ、大観か」さうした鼻の先で笑ふ人々が少なくない。君はいつたい大観の作品を何枚見てゐるか――、出来の悪いのを選んでみてはゐないかといつてやりたい。案外に見てゐないのである。怖ろしいのは大観そのものの人間的な動きであり、画壇といふ政治的集団の、人為を超えた、力学的な働きが、大観の政治的人物である面だけを社会に訴へて、芸術家としての大観を直接に伝へてゐないといふことだ。私は大観の「海に因んだ作品」をみてゐて、ふつと仏蘭西の画家ユトリロを想ひ起した。大観とユトリロとどんな連絡があるだらう。今から数年ももつと前であつたらう、福島コレクションでみた展覧会で見たユトリロは、その作品の制作方法の精神的段階が、あまりに日本的であつたので、私は吃驚《びっく》りしたことがある。しつとりとしたやり方なのである。日本の洋画家が、投げつけるやうに油絵をぬつたくる方法とは、まるでちがつてゐた。大観の「海」はユトリロの風景とその方法の上に共通点がたしかにある。ユトリロのその絵といふのは河を隔てて見える三階建程の建物で、コンミニストの本部を描いたものだといふ。大観は一枚二万五千円、二十枚合計五十万円を陸海軍へ献金するための制作であつたが、かうした大観の政治性と、芸術家としての大観の芸術性とを一応分離して考へてみたい。大観を単なる海山の風景画家としてだけ見て行き
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