那のいらつしやる方角へ、一枚一枚、葉を向けたいほどに敬意を払つてゐた。
 村長の家に旦那が旅装を解いた頃、村民は二手に分かれた、一組は村の背後の山へのぼつて行つた。村の附近の山は、全くの禿山であつたので、三つも谷を越えて、一同は山奥へ薪木をとりに行くのであつた。
 もう一組は、急斜面のふかい谷底へ、各自が桶を手にして水汲みに降りて行つた。
 二組はなかなか村へ帰つて来なかつたが、間もなく百姓の群は戻つてきた、百姓達はガヤガヤと大騒ぎをしながら、村の原始的な共同風呂である大釜へ、新鮮な水をたつぷりと入れ、乾いた薪木を燃やした。
 釜の底へ、直接体が触れぬやうに、小格子の丸い敷板があつて、それを旦那は重い体で沈ませ、肩までひたるのであつたが、湯は旦那の体の容積だけ、ザブリとこぼれた。
 百姓は、あわてゝ手桶をもつて村の谷底へ大騒ぎをしながら、水汲みに降りた。
 旦那は村で五衛門風呂と言はれてゐる大釜へひたり、後頭を釜の縁にかけ、両眼をつむり『ふん、ふん』と鼻の先を鳴らしながら、一人一人から村の状勢をきいてゐた。
 間もなく旦那は恍惚状態に陥つた、全く身動きをしない、ただ『熱い―』と一言いは
前へ 次へ
全186ページ中98ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小熊 秀雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング