のであつた。
もつとも親愛なる友人の恋の成功のために――。
彼は昼、会社の事務机にもたれて、二人の恋人の深刻な遊びが、自分の下宿の六畳間で行はれてゐるであらうことを想像した。
――水島、煮へきらないぞ、君の愚にもない人道主義を蹴飛ばしてしまへ、戦闘的であれだ。と彼が水島の背をぽんとたゝいたとき水島はにこ/\笑ひながら、ちらりと決意を見せた。
其日、彼は会社の仕事の忙しさに追はれ、二人の恋の祝福のために自分の部屋を貸《かし》たことなどを、からりと忘れてしまつてゐたが、彼が小路をまがつて、下宿の黒い塀を発見したとき、ふつと思ひ出したのであつた。
彼はあわてゝ靴を投るやうに脱いで、玄関にかけあがつた。
――お帰んなさい。
遠くの方から、下宿の妻君の声が聞えた。
――水島がやつて来たかい。
――参りましたよ。例のとね。
下宿の妻君は、意味ありげに笑ひながら、水島の恋人の、姿態をたくみに真似た道化た格好をし、仰山に手をひろげて、廊下に半身を現した。
――ちえつ。
彼は舌打をした、何処かに隠れてゐた敵意に似たものが、ふつと舞あがつたのである。
そして自分の部屋の前に立ち、
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