尽したから悔ひはないよ。
水島は眼を伏せてこんなこともいつた、然し舞台の上の俳優がふつと消えてしまつたのも、気づかずに、広い劇場の座席にたつた一人坐つてゐるやうな、馬鹿げた観客にはなりたくなかつたので、彼はせつせと水島をけしかけた。
或る日、水島は朗かな顔をして下宿を訪ねてきた。
その顔は何事かに感謝をしてゐるかのやうに。
話題は、涯かな遠くの方から出発して、水島自身の恋愛事件に到達した。
水島は前夜、活動常設館に女を誘つて出かけたといふ、二人は活動写真館の三階に陣取つた、この三階は屋根裏で、天井が低く暗かつたので、人眼をはゞかる二人にとつて屈強な坐席であつた。
――男は、女の膝を枕にして、仰向きに寝て足を長く伸ばした。(丁度酔つてゞもゐるやうに)
暗い中では映像が、青い影をいりみだして明滅した。
ちやつぷりん[#「ちやつぷりん」に傍点]が高い屋根から舗道の上に墜落したが、ゴムまり[#「まり」に傍点]のやうに跳ねあがり、折柄通かゝつた貨物自動車の屋根に顛落し、何処といふあてもなく運び去られた。
観客はどつと声をあげて笑つた。女といふものは、笑ふときでも、泣くときでも、
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