ふ声が聞えたと思ふうちに、こんどは耳のすぐ傍で破《わ》れるやうな大きな鉄線をたゝきつけるふるへた娘さんの笑ひが起つた。
『おあがりなさいな、こんな大きな味瓜が鈴のやうになつてます、後に手が届きますよ』
娘さんはかう云つて続けさまにぽきん/\と味瓜の蔓を折る音をまぢかにさせた。
ふり返つてみると、くらやみの中にことさらに黒味を帯びた、ちやうど谷間の深淵のよどみをたてかけたやうな深みが、じつとみつめてゐると見とをしができるやうに思はれて、そしてまた壁のやうな不透明な幾つにも切断されて盛りあげられた影がふたりの背後にならんでゐた。
最初はその黒い影が、だん/″\と不安な冷たいものと変つてきてしまいには黒味に一点の白をさしその白が無数に殖へだし散らばつて見事に銀色のマリのやうにふくれだし、果てはあつちにもこつちにも、はつきりとした線をもつてまんまるい味瓜が描きだされた。
『味瓜を喰べてはいけませんよ、味瓜を喰べてはいけませんよ、味瓜は冷たい冷たい』
男はなにかの歌でもうたふやうな調子で女の手から小さな二つの味瓜をひつたくつた、そしてたくさんの御追従笑ひをした。
『ね、なぜ喰べてはいけな
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