史のことも、鶏の羽虫の駆除の良い名案も思ひ出すことができなかつた。
 何時まで経つても老人が、いゝ智恵を貸してくれないので、村長はこのまゝでゐては、羽虫が村中の鶏に伝染してしまふので、取敢へず一番羽虫の沢山ついてゐる鶏二十数羽を殺してしまつた。
 そして残りの鶏をもとの鶏小舎に帰して老人のところに行つた。
『いかゞで御座いませう、御老体いゝ智恵がございませうか―』
 ときいてみた、しかし老人はじつと考へこんでゐて答へない、あまり答へないので、眠つてゐるのかと思つて、ゆり動かしてみると老人は死んでゐた。
 それからこの村では、薄荷水を額につけなければいゝ智恵がうかばないやうな年寄からはものをきかないことにした、鶏に羽虫がついたときなどは、どん/″\と殺してしまふことに決めたということである。

  魚の座談会

 鎌倉の海で『蛸』を中心として、魚類精神を論ずる座談会といふのが開かれた、司会者は、とらへどころのないのつぺりとした理論を吐くことで定評のあるクラゲ氏で、論理を翻すことで有名なヒラメ氏、墨を吐くことで相手をごまかす常習者イカ氏、毒をもつてゐることを自慢にしてゐるが喰はないものにと
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