はいけない事、果樹園の主人が伝へてよいと許したこと以外にはしやべれない事になつてゐた、彼は自分のことは唖のやうに黙つてゐなければならなかつた。
或る時、大|海嘯《つなみ》が突然やつてきた、果樹園の人々は狼狽して果樹園の背後の山へ避難したが、望楼の男だけは、最後まで望楼に踏み止まつてお喋しつづけた。
『みなさん、御安心下さい、只今水は二米減りました、××方面では三米、××方面では四米減りました、××さんの李の木が五本倒れました、被害は思つたより僅少であります、間もなく水が引くと思ひます』
『御避難の方へ申しあげます、××方面はもう大丈夫ですから随意お帰り下さい―』
間もなく洪水は収まり、人々は果樹園に帰つてきた、人々はこのお喋り男の、英雄的な勇敢な行為と、果樹園への奉仕ぶりに感動して、勇士だと褒めた。
ところが人々はこのお喋り男の真個《ほんと》うのことを知らなかつたのであつた、この男は勇士どころか一番の臆病者で、最初果樹園に水が襲つてきたとき、男は真先に望楼を駈け下りて、逃げださうとした、そこへ果樹園の主人がやつてきてこの臆病者を、望楼の柱に繩でしばりつけてから、主人は手にした鞭で
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