さつぱり理由がわからなかつたが、女中の解雇の理由にもいろいろあるものだと心に感心した。
吉植博士は、寝床の中で、二種の新聞にずつと眼を一わたり通してからでなければ、起床しないといふ習慣であつたが、博士は新潟からきた女中が、朝早く起きて、玄関の鍵を外しに出たとき、玄関先に突立つて、新聞をひらいて、ざつとそれを読み、それからもとのやうに折畳んで、主人の枕元にもつてくることがわかつた、そのことが博士の自尊心をたいへん傷つけたのであつた。
大速力をもつてまはる新聞輪転機、それに噛まれる巻取紙には、片つ端から文字が転写されながら、白い河のやうに流れだす、一切の機械的な操作で刷られる、その処女的な新鮮な、軽い油の匂ひと紙の匂ひをプンと匂はす、それを寝床の中で嗅ぐといふ博士の毎朝の楽しみは、新潟から女中がきてからぶちこはされてしまつた。
購読料を払つた主人の権限を、購読料も払はない使用人ふぜいが先ず犯す――、
『実にたまらん、それに折目はめちや、めちやだ、近頃のわしに紙や活字の魅力的な匂ひは、みなあの女中奴に横領されてしまつた、実に不快そのものぢや――』
博士の不満に夫人は女中に向つて
『ネ
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