イヤ、お前も新聞も満足にない田舎にゐたので、さぞ新聞を読みたいでせうが、新聞は御主人の学問のことでとつてゐるのです、だから、わたしも遠慮して、なるべく読まないやうにしてゐるほどなのですよ――』
 といふのであつた。丁度その時、博士は外出から帰つてきた、夫人はそれをしほに、女中に向つて、話を一層大袈裟にもつてゆかうとした、
『ねい、貴方、いまもネイヤに新聞のことを話してゐたのですが――』
 博士は、夫人には答へずに、いかにも苦々しい表情をして、でも鷹揚らしく、
『うむ、新聞のことか、いや大した問題ぢやないさ――』
 とうそぶくのであつた。
 その時、女中はいかにも言い難さうに体の向きを博士の方にかへながら、おづおづとしやべるのであつた。
『旦那さま、ではわたしの見る新聞を、別にとつていただきたうございます、お代はお給料の中から、引いていただきまして――』
 博士の顔色はみるみる変りだした。『何といふことだ、わしより先に読むなといふと、今度は自分で購読するといふ、――然も女中はたしか月五円やつてゐる筈だ、そのうちから払ふとは、いや大胆な話だ――』とこゝろに呟やいた。夫人は
『お前が別に新聞
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