かるバロメーターであるかのやうに、尻尾は車輪のやうに蛭氏の前で、大きくまた小さく廻転した。
『よろしい、帰つてよろしい、また明日《あす》――』と蛭氏は手短かに犬に向つて言つたが、その時、蛭氏は非常に内心感動したのだ、彼は洋服のポケットから慌てゝ手帳をとりだし、暗がりの中で乱暴に鉛筆を走らして、手帳にかう書きつけた。
『犬はなぜ尻尾をふるか? 疑問解決す、明朝より全社員尻尾をつけて出社の事――』
 弾性のある針金を芯にして、これに真綿をぐるぐるまき、天鵞絨《ビロウド》の袋をかぶせてできた、男社員は黒、婦人社員は赤、の尻尾は配られた、これを男社員は洋服のズボンにつける、丁度肉体では、原始時代人間が猿であつたといふ痕跡がかすかに残つてゐるあたり、尾※[#「低」の「にんべん」に代えて「骨」、第3水準1−94−21]骨の箇所に尻尾を装置させて出社させたが、家を出るとき男社員は、さすがに尻尾をふつて街を通ることに人間的恥辱をかんじた、そこで尻尾の先端に糸をつけて、上着の下でそれを首のあたりに吊つて、街で尻尾が現れる事を極度に怖れて出勤しなければならなかつた。
 女社員は尻尾をスカートの上に装置する
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