手を別な方面に動かしながら、ふと厠の中で思ひ出した用件に就いて、間髪をいれずに相手を臭いところに呼び出すといふ活動的なエネルギー主義者であつた。
 ある夜、蛭氏は少量の酒で、したたか酔つた、顔をつめたい風にさらし、珍らしく悠長な気持で自宅へ帰りつつあつた、そのとき蛭氏は自分が歩いて行く数歩先に、一匹の母犬らしい腹の皮のたるんだ、骨組みの大きな犬が、どこかへ向つて忙がしさうに行くのを発見した。
『おい、どこへ行く、忙がしさうに――』
 と蛭氏は犬に呼びかけた、しかし犬は答へない、犬の黙答に対して、蛭氏は敏感にそして直感的に、
『鼻の向いた方に幸福があるにちがひないぢやないか――』
 と犬が自分に答へたことを感じた、蛭氏はこの種の反抗的態度を好まなかつたから、非常に憤慨した、握りに金の飾りのあるステッキの先でトンと地べたを突いて犬に向つて叫んだ。
『君、はつきりと言ひ給へ、むぐむぐ口の中で言つてもわからんぢやないか、報告といふものは、もつと明瞭に、事務的に言はんと困るぢやないか――』
 そのとき犬はハッと立ち止つた、犬は体をゆすぶり、尻尾を大きく激しくふつた、犬が人間に対する追従の度合をは
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