暗黒の中を少年は、ひた走りに仄明るい夜空をめがけて走りだした。走り乍ら少年は可笑しくてたまらなかつた。『共産党だ―』と出鱈目を言つてやつたら、ゴソゴソと布団の中に恐縮して頭をひつこめた男のことを思ひ出したのである。少年はふと手にビラが数十枚残つてゐることに気がつき『こいつもついでに張つちまはう』と呟き、そして暗がりの手にふれたところの壁に一枚を張つた。どうやらその塀は長くつづいてゐるらしいので、少年は嬉しくなつて、どんどんと急スピードで次々と塀に張つて行つた。本能的な快楽がこの少年を捉へて無我夢中でビラを張つて行つた。壁は何処までもつづいてゐたがこの永遠につづく壁への闘ひを楽しむやうに少年は張つていつた。最後の一枚を張り終つたとき、手元のぼんやりした明るさで、そのビラを張つたところが壁の尽きたところで、しかも彼が張つたところは壁ではなくて、大きな木の看板であることを知つた。彼が張つたビラの板に浮き上つてゐる文字を読みくだして、少年は呆きれてしまつた。永遠につづく塀、その塀つづきのところにかかつてゐる板には『××警察署』と書かれてあつた。そして少年の背後には一人の背の高い警官が立つてゐて
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