づいて中を覗くと、小さな電燈がともつてゐた。寄宿所の内部に約二百人の労働者が、乱雑ながらも、数列に布団を列べて眠つてゐた。壁には争議のスローガンや、組合本部からの激励文、ファッショがかつた文字を書いた張紙などが、壁に所狭いまでに張られてあつた。
少年は暫らく人々の寝息をうかがつてゐたが、大胆にひらりと窓を乗り越えて内部に忍びこんだ。爪先であるきながら『静かに―静かに―』と自分に自分で言ひながら労働者の枕許に一枚一枚ビラを配つた。
彼は配り終ると、窓を乗り越えて、戸外に出て、ほつと吐息をついた。
『あいつらは、明日の朝、驚ろくだらう、そしてダラ幹共は叫ぶだらう―反対派が忍びこみやがつた、みんなビラをよこせ、ビラを読むなア』
少年は愉快さうに口笛をふきながら歩るきだした。
『失敗《しま》つた、紛失《なく》しちまつたア』と不意に叫んだ、次の瞬間に、それはビラと一緒に労働者の枕許に配つてしまつたに違ひないと確信した。
今朝郷里の阿母《おふくろ》から少年の処に『五円』小為替がついた。阿母《おふくろ》が郷里の繩工場で手を冷めたくして稼いで送つてくれた金だ。それがいま懐中にない少年は走り出し
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