に触れると、人々は恐怖の叫びをあげて踏みつけながら、他人の足の間へ、この不快な迷惑な盗品を移さうとした。掏摸と監視人との格闘と乗客の苦しさうな叫びをのせて、エレベーター・ガールの気転は、監視人が完全に掏摸を捕へてからでなければドアを開けることをしなかつた。
『癪にさはりましたよ、でもわしはナポレオンの立像をうんとふんでやりましたよ』と彼は監房で退屈なとき同宿の人々に失敗談を語るのであつた。
小為替
工場地域の窪みに沼のやうに水が溜つてゐた。そこの沼の蘆の繁みに一人の少年が隠れてゐた。彼は自分の隠れてゐる場所から見えてゐる車輪工場の寄宿所の窓の灯が暗くなるのを待ちくたびれてゐるのであつた。
寄宿所の灯は暗くなつた。少年は雀躍りして、小脇に抱へてゐた新聞包みを地べたにおろし、中のものを出した。謄写版刷のビラ数百枚で、それにはかう書かれてあつた。
『労働者諸君、欺されるな、ファッショ組合××会のダラ幹をボイコットしろ、君等自身の争議委員を選べ―』
少年は悪戯児《いたづらつこ》らしく、このビラを眺めてにやりにやりと笑ひながら、忍び足で、めざす建物に接近して行つた。
建物の窓に近
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