すると老爺はこの仏像は先祖代々の宝であるし尊像であるからゆずれぬといつた、然しその時は既に新聞記者の手は仏像にかゝつてゐた、すると老人はそれを手で押へてこんな品は信心家にとつては値打はあるが、君達のやうに戦争をしてあるく人間にとつては一顧の値打もないものだといつた、記者は『いやそんなことはない、自分の国は仏教国であるから、仏像の値打のあること位はわかつてゐる―』といひながら仏像を奪ひとるやうにして、手早くふところの財布をひらいて、十円銀貨三個をぱら/\と床の上に投げた、
すると柔和なものいひのかの老人は烈火のやうに怒り、わしの仏像は決して金には変へられることはない、もし君が真個《ほんと》うの仏教の信心家であるのなら、その品はあなたにあげやう、――といつた、そして静かにものに包んで手渡した新聞記者は赤面したそしてその包みを抱へて引きあげていつたが、理由のわからない悔恨がひしひしとわいてきた。
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二人の従軍記者
ある地方新聞の戦地特派記者二人は仲が良かつた、甲は平素は軍部関係出入り記者であつて、殺伐な智識的な低い男であつて、然し半面に無邪気なお人好しであけつぴろげた性格であつたため、事変と共に任地にでかけたところ、軍部との関係も良くニュースもまた色々の便宜から、新しいものを刻々と送つてゐた、
乙は社にゐた当時も下つ葉記者で不遇であつたが性格も鈍重で記事も鮮やかなとりぶりではなかつたが、多少の支那語ができるので彼は選ばれてでかけたのであつた、果せるかな彼の記事は古く、甲記者に比すべくもない、それに彼は臆病で只の一度も前線にでかけたことがない、
二人は平素は仲が善かつたが、戦地へ行くと、妙な雰囲気が二人をへだたした。
それは軍人とのふれ合ひも肌が合はないのであつた、
やがて事変も終り二人国に帰ることになつた、甲記者は国への土産には何が良いかいろいろと智慧をしぼつた、そして結局支那兵の青龍刀をもつてかへることにしたが、彼は一本よりどうせのことと五本もちかへることにして、それを奥地から重い思ひをして担いできた、そして戦利品として当局との諒解の下にそれをまんまと国へもちかへつた、
新聞社の編輯局へ同時に着いた甲乙両記者に甲記者がどしりと机の上に投げ出したものは青龍刀五本であつた、
甲記者の英雄的な哄笑がひゞいた
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