して」
「ほんとうに、しのぎ良くなりまして――」
 といふやうな性質の言葉を二匹が交し、二百回ほども頭を下げ、はじめて二匹はほんとうに秋になつたのだと思ひこみました。
 一方のバッタは、いかにも新しい言葉をみつけだしたかのやうに
「やがて冬でございますわね――」
 といふと、他の一匹はあわてたやうに
「ほんとうでございますわ、寒くなつていやでございますわ――」
 といひました。
 二匹の女バッタは街角で、ながいあひだ、お低頭をし、冬がきて霜が降り、自分たちの運命が、木の葉と同じやうに散つてしまふことに、たがひがフッと気がつくまでには、それからまた百回ほどもおじぎをしました。悲しい運命に気がつくと、二匹は身ぶるひして買物の包を小脇に抱へなほし、大急ぎで両側のくさむらの中に、横つ飛びにとびこみました、ガサガサと葉の音をたて、どこかに行つてしまひました。
 いつのころからか、バッタの国に、よその土地から流れこんできたバッタの裁縫師がありました、彼はそこで小さな店をひらき「帽子」といふ頭にかぶるものを、発明して売り出しました、世間では彼のことを帽子屋と呼んでゐました、帽子といふものは不思議なもので、それを忘れてきたものは
「かう帽子を忘れてきては、おれの頭もよくないにちがひない――」
 と自分の頭の悪さに考へ及ぶといふ性質をもつてゐました、そこでバッタたちは帽子を忘れまい、忘れまい、と努力しました。なかには帽子を拾はうとして、電車に礫かれた男がありました、世間ではかう言ひました。
「実に馬鹿な男だ、あいつは始め帽子を追ひかけてゐた、そのうちに帽子ではなく、頭を無くしたのだと考へ違ひをしたものらしい、でなければ、たかが帽子一箇を拾ふことで、大切な真個うの頭を無くすることはあるまい――」

     (下)

 おじぎ好きのバッタたちは、最初は帽子をかぶつたまゝで、頭を下げて、挨拶をしました、すると帽子は頭から離れて地面に転げ落ちました、かぶつたまゝでお低頭をすると、帽子といふものは頭から離れて、転げるものだといふことが、のみこめるまでには、三十年もかゝりました。
 帽子がころげ落ちては、おじぎができないので、頭から帽子をぬいで、かるく会釈して、ふたたびかぶるといふ方法でも、けつして相手を軽蔑したことにならぬといふ習慣をつくりだしたのでした。
 それから十年ほどたつて、今度は帽
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