る俳優を連れてきて主役に据ゑて舞台に立たした、今度の主役もまた背景に押しつぶされなければいゝがと俳優達が心配しだした、さりとて殺伐であつても劇団に道具方がゐなくては、芝居にならないので道具方を追払ふわけにもいかず困つてしまつた。
なかにはいつそ道具方が腰にさしてゐる武器の金槌を取りあげ丸腰にしたら安心だといふ意見も飛びだしたが、道具方から金槌を取りあげたら、背景である国際都市も、背景である茫漠とした山野も、打ちつけることができなければ、背景なしでは芝居にもならないのでそれもできず、どうしたらいゝかと研究中だといふことで、奇妙な劇団もあつたものです。
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帽子の法令
(上)
米つきバッタの国では、お低頭をすることだけが、住民達の日常生活でした、毎年秋がくると、昆虫達の運命がかはるのでした、草の露の甘かつた味も、秋になるとしぶいにがいものになりました、少しの痛みもなく、とつぜん足が関節から離れて、地面にころがり落ちました、秋は彼等にとつて、とにかく毎年の例からいつて、ロクなことがなかつたのです。
バッタたちは、しかし自分たちの運命を、すこしも考へてみようともしないのです、路であふと、おたがひに頭をさげること――それが彼等のたのしみの全部であつたからです。
米をつくやうな格好で、たがひに幾度も頭をさげ合ふ、その動作の間に、意味もない常識的な挨拶の言葉をはさむのでした。
「秋になりましたわね――」
と一匹のバッタが頭をさげました、彼のいふやうに、そのとき周囲は秋になつてゐたのです、山を見ると、自然が木々の葉を、よくも念入りに、一枚一枚丁寧に紅く染めあげたものだと感心させました。
秋の景色に、夏の気配がのこされてゐないといふ意味で、その季節の変り方が、あんまり完全すぎて愚かしいくらゐで、夏の名残がすこしはあつてもいゝのに、と思はせました。
季節の変り方は冷酷でした、しかしバッタたちは、それを感じようとはせず、ただペコリとお低頭をして口先で
「秋になりましたわね――」
といふ、すると他の一匹が答へて
「ほんとうに秋になりましたわね――」
と頭を下げました、二匹にとつて、秋がきたことを納得するまでには
「まつたく涼しくなりましたわね――」
「お涼しくて結構でございますわ――」
「気候がおよろしくなりま
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