もんだよ、機嫌や、風向きの悪いときには、用心し給へ、まあ自分の外套はなるべく自分で着るやうにした方がいゝね』といつた。

  奇妙な政治劇団

 政治劇を専門にやる劇団があつた、この劇団は芝居の上手な俳優達が集つてゐた。演技も真に迫つてゐて観客から見ては、舞台の上の俳優達が何処までが真個《ほんと》うに涙を流し、どこまでが空涙かわからぬほどであつた。
 ところで俳優同志[#「志」に「ママ」の注記]は、無類に仲が悪くて、舞台裏で絶えず喧嘩をしてゐる許りでなく、舞台の上にまで喧嘩をもちだし、芝居の演技最中憎いと思ふ相手役の足を、思ひ切り踏みつけるのがあるかと思ふと、力いつぱい本気で殴つたりした、然しさすがに名優揃ひなので、芝居の筋書だけはこはさなかつた。
 一方見物人は妙に俳優達の芝居が真に迫つてゐるので、感心をして見てゐるのであつた。
 俳優同志の仲違ひは、だんだん猛烈になつてきて、ついには道具方にまでそれが移り、道具方もそれぞれ二派に別れて、啀み合ひを始めた、道具方は背景を造つたり、打ちつけたりする金槌といふ武器をそれぞれ腰にさしてゐるため、劇団の騒動は荒つぽくなり、道具方が芝居の最中に、のこのこと舞台の上に出て行つて、芝居をやつてゐる憎いと思ふ俳優の頭を、金槌でぽかりと殴つたので、この政治劇団は一興業で二三人は死ぬといふ有様であつた。
 一方見物人はなにごとも舞台の上の芝居と許り思つてゐるので、舞台の上でそんな事件が起きても一向平気なもので、後からそれが本当に俳優が殴り殺されたのだと知つて驚ろいたほどだ。
 然し見物人もこの劇団のごたごたもたびたび重なると馴れてしまひ、少しも驚ろかなくなつてしまつた。
 或るとき俳優が出演中に、反対派の道具方が背景を打ちつけてをかず、わざと重い背景を倒した、背景の山は倒れてその下敷となつて一度に六人の俳優が圧し潰され、大変な騒ぎとなつて舞台裏まで丸見えとなつたが、見物人は平気な許りでなく『まあ、役者がゐる間は、芝居が続くだらうし、役者がゐなくなつたら劇団は潰れるだらう―』といつて見てゐるほど平気で、政治劇団の人々が次第に興奮してゆくのと反対に、見物人の方は益々冷静になつてゆき、見物人も殖えて却つて芝居が繁昌を始めたが、劇団側にしてみれば、俳優は少なくなるし、主役のなり手がなくなつて益々苦境に陥つた。
 次の興業にも、他の都市から嫌が
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