のだ、純金の王冠をかむり黄金《こがね》づくりの太刀を佩《は》き、白い毛の馬に跨り、何千人もの兵士を指揮して見たいものだな、しかし私には、この国の王様のやうに、白い立派な長い髭がないぞ、よしよしその時は夜店で買つてきてやらう。』こんなありさまですから一日かかつても、やつと一畦《ひとうね》くらゐよりできませんでした。
 その夜近年にない大暴風で、トムさんの家の屋根は、いまにも吹き飛ばされさうな、激しさでした。
 トムさんはあまりの物凄さに、炉の焚火によつて、小さくふるへて居りました、するとこの激しい暴風雨の中にトントンと表戸を叩くものがありました、トムさんは不審に思ひながら、そつと戸を開きますと、雨風といつしよに一人の若い女が室《へや》の中に転げこみました。
 女は白い羽で出来た長いマントを着た、それは美しいひとでした、女は南の国のある王のお姫さまで、たくさんの家来をつれて旅行をいたしましたが、丁度この土地へきかかつた時、暴風雨に襲はれて、家来とちりぢりになつてしまつたのですと、トムさんに語りました。
 その翌日、すつかり暴風雨が収まつたのですが、お姫さまは出発しようとはしません、その翌日も、そのまた翌日も帰らうとはしません。
 或る日お姫さまはトムさんにむかつて『何卒、わたしを、あなたのお嫁さんにして下さい』
 と頼みました、トムさんは大喜びで早速承知をいたしました。
 村の人達は馬鹿な詩人の美しいお嫁さんを見て吃驚《びつくり》しました、しかし心のうちでは、あのお嫁さんも、三日経たぬ内に逃げだしてしまふわいと思ひました。
 お嫁さんはたいへんよく働きました。その手が柔らかくお上品にできて居りましたから、畑を耕したり、荒仕事ができません、そのかはり針仕事をしたりお料理をしたりすることが、たいへん上手でした、トムさんはまた、一粒の豆でも半分に分けて喰べるやうに、仲善くしましたので、お嫁さんも満足をいたしました。
 ところがトムさんが働きに出かけますが、ものの一時間も経たぬうちに、さつさと仕事を止《よ》して帰つてきてしまひます。
 それはもしも、トムさんの不在に、たいせつなお嫁さんが、鼠にひいてゆかれたり、犬にくはえてゆかれたりしては大変だと、心配になつて仕事が手につかないからです。
 トムさんは、このことをお嫁さんに話しますと、お嫁さんは、それではよいことをしてあげようと言つて、鏡をもつてきました。
 この鏡に自分の顔をうつして、これを見ながら一枚の紙に自分の顔を描きました。
 この自画像がまた、それは上手にかかれて、生きてゐるやうに見えました。一本の竹きれをもつてきて、この先をちよつと割つて、このお嫁さんの自画像をはさみました。
 トムさんは、お嫁さんに言はれたとほり、この竹の棒を、畠の畦の、いちばん向うの土に立て、こつちの方からこの画をながめながら、耕しはじめました。
 お嫁さんの自画像は、いつもにこにこ笑つてゐました。
 お嫁さんの自画像のところまで耕してくるとこんどはこの自画像を第二の畦の、反対の向うはじに立てて、こちらからせつせと耕してゆきます、ですからその仕事のはかどることと言つたらたいへんです。
 村の人はちかごろのトムさんの働きぶりに眼をまるくしてゐました。
 ある日大風がふいてきて、このお嫁さんの自画像を吹きとばしてしまひました。
 自画像は、ひらひらと風に舞ひあがつて、どこまでも飛んでゆきます。
 トムさんは、はんぶん泣きながら、『お嫁さん待つてくれ。やーい。』『お嫁さん。やーい。』と叫びながら、どこまでも追ひかけました。
 とうとうお嫁さんの自画像は、王城の塀《かべ》の中に落ちてしまひました。トムさんは泣く泣く家に帰りました、そしてその訳をお嫁さんに話しました、お嫁さんは『あんな絵はいくらでもかいてあげませう。』とトムさんをなだめました。
 お城の塀《かべ》の中に落ちた自画像は、兵士が拾つてこれを王様に差上げました。
 王様はこの画をひとめ御覧になつて、あまりの美しさにお驚きになりました。
 いたつてわがままな王様は、まだお妃《きさき》がありませんでしたから、この画《ゑ》の女を、是非探し出して連れて参れと、一同の兵士に厳重に命令いたしました。
 城中の兵士が総出で探したあげく、この画の主はトムさんのお嫁さんとわかりました。
 王様はトムさんに『余の妃に差出すやうに。』と命令いたしました。
 万一命令をきかなければ、トムさんの首を切りかねない権幕なので、トムさんは悲しくなつて泣き出しました。
 お嫁さんは『さあ泣いてはいけません、私達に運が向いてきたのです。私はこれから王様の妃になります、しかし心配をしてはいけません、私はあなたの永久のお嫁さんです。私が王様の御殿へいつてから、近いうちに、お城の門が開かれる日が御
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