小熊秀雄全集−14
童話集
小熊秀雄

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●収録作品
自画像/焼かれた魚/青い小父さんと魚/お嫁さんの自画像/たばこの好きな漁師/親不孝なイソクソキ/珠を失くした牛/お月さまと馬賊/三人の騎士/或る手品師の話/或る夫婦牛の話/トロちやんと爪切鋏/豚と青大将/白い鰈の話/緋牡丹姫/狼と樫の木/マナイタの化けた話/タマネギになつたお話/鶏のお婆さん
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[表記について]
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自画像

     (一)
 此所にトムさんと言ふ至つてお人好しの農夫がをりました、この村の人達は余りお[#「人」が脱落か?]好しの事をトムさんのやうだとよく言ひますが、全くトムさんはお人好しでした。随分よく働きます。それに無口で大力で正直で何ひとつも欠点がありませんでしたが、唯そのお人好しがあんまり過ぎるので困りました。
 トムさんは三人ものお嫁さんを貰ひましたが、ふしぎに二三日たつと三人ともみな逃げ帰つてしまつたのでした、それには色々のわけがあるのです。最初のお嫁さんを貰つた時でした。トムさんは大変お嫁さんを可愛がつて一粒の豆でも仲善く半分頒[#「頒」に「ママ」の注記]合つて食べる程でしたから、お嫁さんも大変満足して居たのでした。
 処が丁度、お嫁さんをもらつて三日目の真夜中頃ミシリ/\と屋根で音がしたと思ふと、天井の空窓から太い繩を下して三人の泥棒がトムさんの家へ忍びこんだのです。三人の泥棒はグウグウ高鼾で寝込んでゐるトムの枕元に立つて不意に枕を足で蹴飛ばしましたので、トムさんは吃驚《びつくり》して眼を覚しました、トムさんは自分の眼の前に背のヒョロ高い顔の真黒い鬚だらけの泥棒がによつきり突き立つてゐるので、トムさんは驚くまいことか、一時は腰を抜かさんばかりに吃驚《びつくり》しました。然しお人善しのトムさんはやがて泥棒に向つて「お前さん方は商売とはいゝ乍らこの真夜中に御苦労さまの事です、まあご一服唯今お茶を差しあげます、然し皆様私は昨夜戸締りもあんなにしつかりしてをいたのにどこから入つて来ました」かう尋ねました。

     (二)
 泥棒達はお互に眼を白黒させて居りましたが、その内の一人が「俺達はこの空窓から飛び込んだのさ」と答へました。トムさんは之を聞いて「それはあぶない所から這入つて来ましたね、一寸表戸をトントン叩いて下されば直ぐ開けるのでしたのに」と云ひました。泥棒達はまご/\して居て隣近所に騒がれては大変とトムさんの家の真ん中へ持つてきた一反風呂敷を各々ひろげまして棚の物やら何やら片つ端から入れはじめました。これをじつとみてゐたトムさんは何と思つたのか、自分も向う鉢巻をして泥棒達と一緒に自分の家の品物を「これもあげる」「あすこにも有る」と大汗でドンドン拠[#「拠」にママの注記]り出したのでトムさんのお嫁さん始め泥棒達何が何やら訳がわかりません。
 さて泥棒達は風呂敷に包めるだけ品物を包んでしまふとさつさと出て行かうと致しました。するとトムさん何と思つたのか泥棒を呼びとめて「お前さん達は案外欲の無い人達ばかりですね、まだ室の中にこんなに品物が残つてゐるではありませんか」といひました。
 すると泥棒達は振り向いて、
「君の親切は有難いが何分俺達は之以上もてないので残念だが、お前さんにお返ししてをくよ」といひました。トムさんは「それはいけない私があげようとする物をもつて行かぬといふ失礼な事が有るものですか……あゝよい事がある私の家の馬車を貸してあげませう」といひ、裏の馬小屋から馬車を引出して之に品物を全部積んで渡しました。然し泥棒達は馬を追ふ事を知りませんでしたから、トムさんは三人の泥棒を馬車に乗せ自分が馬を追つて場末にある泥棒の家まで送りとゞけました。その上馬車を呉れて来て了ひました。
 お嫁さんはトムさんの余りのお人善しにあきれはてゝ、早速実家へ逃帰つてしまひました。トムさんは家へ帰つてみてお嫁さんの逃げ帰つた事を知り大変に一時は悲観致しました。
 それから二年程たつて、又ある人の世話で二番目のお嫁さんを貰ひましたトムさんは、今度もまた一粒の豆を半分宛分け合つて食べる様に仲善くいたしましたので、お嫁さんも大変満足して居りました所が、丁度三日目の事トムさんは用事があつてあるお寺の近所を通りました、するとそこのお寺の椽の下の暗闇に十二、三人の乞食共が荒莚を敷いてごろごろ芋虫の様に寒さうに寝てをりました。

     (三)
 トムさんはこの前に不思議さうに突立つて居りましたが、やがて乞食に向つて「お前さん達はこの寒空にこ
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