んなお寺の椽の下に寝むらずに、何処かの宿へでも泊つたら良いではありませんか」といひました。すると乞食は之を聞いて「あなたも面白いことをいふ人だ、あつたかい布団へ寝たり泊つたりするお銭があれば乞食などしませんよ」と笑ひました。トムさんは「成程な」と同情しまして「それぢや私の家へお出でなさい、この椽の下にねるより余程ましですよ」といひましたので乞食達は大変喜んでトムさんの後へぞろぞろついて行きました。
 トムさんのお嫁さんは汚ならしい乞食が十二、三人もぞろ/\やつてきて、お座敷へ上りこんだので吃驚して其晩の内に実家へ逃げ帰りました。
 トムさんは之は失敗したと思ひ乞食達に向つて、お嫁さん[#「が」が脱落か?]逃帰つたわけを色々と話して、また元のお寺の椽の下へ帰つて下さいとお願ひしました。それをきいて乞食達は之は気の毒だと素直に出ていつて呉れました。
 トムさんは早速お嫁さんの実家へテク/\出掛けていつて「乞食たちを全部帰してしまひましたから、お嫁さんを是非家へ帰してください」と頼みましたがお嫁さんは、それつ切り帰りませんでした。トムさんは大変悲観して、それからはもうお嫁さんを貰ふまいと心で決めました。村の人たちもトムさんのお人善しには呆れてそれぎりお嫁さんの世話をしてくれませんでした。
 それに村の人達はトムさんが近頃野良へ出ても怠けてゐて少しも仕事をしないぞと噂をするやうになりました。
 それはトムさんが近頃色々空想をする事を覚えたからです。今日もトムさんは一鍬土を起してじつと鍬の柄に凭れポカンと口をあけて、空想にふけつて居りました、思い出しては一鍬土をたがやし、またぼんやりと案山子のやうに突立つて色々空想をいたしました。やがて羽音高くトムさんの頭の上の青空を一群の白鳥が南の湖の方へとんで行きました、トムさんは、「やあ綺麗な白鳥だな……あのたつたのが白鳥の王様だな、すらつと一際首の長いのが王妃さまだな、そのあとの一番色の白いのがお姫さまだな、あゝ、もう私の処へお嫁さんが来ないかしら、もしくるならあの白鳥のお姫さまでも我慢するがな、然し私の家は年中焚火ばかりしてゐるから、あの雪のやうに白い白鳥のお嫁さんのお衣裳が汚く煤けては可愛さうだな」こんな事を思つて居りますと、一羽の鳥が「トムさんの馬鹿」と怒鳴つてトムさんのつい鼻先へ白い糞をおとしたので吃驚《びつくり》してまた一鍬土をたがやしました。

     (四)
 トムさんは今度は森陰の白い王城を眺めました。
「ああ、私は一生の内たつた一度でも良いからあの様な王城に暮してみたいものだ、純金の王冠をかぶり、黄金づくりの太刀を佩き白い毛の馬に跨り、何千人の兵士を指揮してみたいものだなア、然しこの国の王様のやうに白い立派な長い髭が私にはないがよしよしその時には付髭を夜店で買つてきてやらう、それからお金蔵のお金を全部出して臣民に呉れてしまひ、自分は応接間に紫天鵞絨の安楽椅子に心持悠つたりと反身に腰掛け、一本十円五十銭の葉巻きをくゆらし臣民に一人宛逢つて手のちぎれる程堅い握手をしてやるぞ、それから臣民の頬ぺたをなめてやつたつてかまはないさ」
 こんな有様ですから一日かゝつてもやうやう一畦位より出来ませんでした。
 その晩は近年にない大暴風でした、トムさんの家の屋根は今にも飛ばされさうな激しさでした。トムさんは余りの物凄さに部屋の炉ばたの焚き火によつて小さくふるへて居りました。するとこの激しい暴風雨の中に、トムさんの家にはこの一、二年この方、猫の子一匹訪ねてきたことがないのに、トントンと表戸を叩くものがあるではありませんか、トムさんは大変不思議に思ひまして、兎に角表戸をそつと開きますとドッと吹き入る雨風と一緒に一人の若い女が室の中に転りこみました。
 トムさんは吃驚してよく/\見ますと、それは羽鳥の羽で出来た黒いマントを着た、それは/\美しい女でした。トムさんは眼玉をくるくるやりました。トムさんはその女の濡れた着物を干してやつたり色々親切に介抱をいたしました。そしてその女に今ごろこの暴風雨にこゝへきた事情をたづねました。女は南の国のお姫さんでした、たくさんの家来を連れて旅行をいたしましたが丁度この土地へ来かゝつた時暴風雨に襲はれて、家来とはちりぢりになつて了つたのです……と答へました。
 その翌日すつかり暴風雨が収まつたのですが、そのお姫さんはトムさんの家を去らうとは致しませんでした。その翌日もその翌日も何時まで経つても帰る風は見えませんでした。

     (五)
 トムさんは朝鍬を担いで野良に出掛けましたが、二時間もたゝぬうちに畑から帰つてきてしまひました。それはトムさんが畑へ働きにいつてもお留守居のお嫁さんが心配で心配で、もしや鼠にでもひかれはしないかと思ふと仕事などは手につきませんので飛
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