ぶやうに家に帰つてくるのでした。
お嫁さんは或る日、あまりその事を不思議に思ひましてその訳をトムさんに聞きました。
トムさんはそのわけをお嫁さんに打明けました。お嫁さんは之を聞いて大変笑ひました。そしてしばらく考へて居りましたが、ふとよい事を思ひだしたと見えて、お嫁さんは鏡台を持出しました、そして鏡に自分の顔を映してその通り画きはじめました、お嫁さんはやがて自分の顔と寸分違はぬ自画像が出来上りますと、之を四尺位の竹の棒の先に張りつけて之をトムさんに手渡しました。
「さあ、これを持つて畑へいらつしやい、そして耕して行く一番向うの畦の端れにこの竹を立てゝ、その画を眺めながら耕してやつてごらんなさい。そしてその画のところまで耕していつたら、今度は反対の端に立てゝ耕すのです」と教へてくれました。
トムさんは翌日、早速言はれた通り、お嫁さんの絵姿を向うの畦の端れに立てゝ、これを眺めつ、くらし、せつせと耕し始めました。
成る程、この画を眺めてゐると本物のお嫁さんと少しも違はぬ程上手に描かれてあるので、本物のお嫁さんの顔と少しも違ひません。それに仕事の捗どることは驚く程で他の人が十日で耕す畑を三日で耕してしまひましたので、村の人達は「おやおや」と眼を円くいたしました。
ある日トムさんは相変らず一生懸命お嫁さんの自画像をめがけてたがやしてをりますと、どつと強い風が吹いて来て、竹の先のお嫁さんの画を吹き飛ばしてしまひました。トムさんは周章てゝ画を拾はうと致しますと、画はひらひらと風に舞つて飛んでいくではありませんか、しまひに低く空を舞ひ上つて森の方へ飛んで行きます、トムさんは畑どころではありません。これは大変と尚更あわてゝ「お嫁さん……待てい」「お嫁さん……待つてくれい」
と死に物狂ひにその後を追ひかけましたが、とうとう画は森陰にある国の王城[#「の」が脱落か?]厳めしい高壁を越えてその中に這入つてしまひました。トムさんはもうがつかりしてぽろ/\涙を流しながら家へすごすご帰りました。
お嫁さんはトムさんの悲観した顔をみてその訳をたづねました、トムさんは眼から大きな涙をぽろ/\流して
「実はお前を吹き飛ばしてしまつたのだ、アーン、アーン」と泣きながら今までの事をくはしく話しました。
お嫁さんはそれを聞いて笑ひながら「あんな画は何枚だつて描いてあげますから諦めて了ひなさい」となぐさめました。
こゝに大変な事が持ち上りました。
(六)
お城の堀の中に這入つたお嫁さんの自画像を兵士が拾ひましてこれを王様に差上げました。
王様はこの画を一眼御覧になつてあまりの美しさにお驚きになりました。わがまゝな王様はまだお妃がなかつたのですから、この画の女を国中を探して是非連れて参れと、一同の兵士に厳重に申しました。城中の兵士が総出で探したあげくこの画の女がトムさんのお嫁さんだとわかりました、王様はそこでトムさんに向つて、「余の妃に差出すやうに」と命令いたしました。そして万一命令をきかなければトムさんの首を切りかねない権幕なのでトムさんは青くなつて泣きだしました。
トムさんは三日三晩といふものはおーん、おーんと泣きつゞけました。(欠1行)つたといふ話です。お嫁さんはこれを見て、
「さあ泣いてはいけません、私達に運が向いてゐるのです。私は之から王様の妃になります。然し心配してはいけません。私はあなたの永久のお嫁さんです。私が王様の御殿へいつてから近いうちにお城の大門が開れる日が御座います。その時に見物人の中にまぢつて、一番目立つた汚ないぼろぼろ服をきて一番先頭に立つて門の開かれるを待つてゐて下さい」
とかういつてトムさんのお嫁さんは今日王様の家来に連れられていつてしまひました。
昔からこの国では三年に一日だけ城門を全部押し開いて臣民に城の内部をみせることになつて居るのです。いつもその当日には遠い所からまで臣民がやつて来て、街中はお祭のやうな賑はひとなるのです。その日は王様を始め千といふ家来達がふさふさの赤い帽子を冠つたり、金の鎧を着たり色々盛装して門の中の床に腰を掛けるのです。臣民たちは門の中に入ることは出来ないので門のわきの処で立ちよつて中を見ることが出来るのでした。そして午後の六時になると重い鉄の扉がガラガラと閉ぢてしまふのでした。
ところが果してトムさんのお嫁さんがお城にいつてから何月何日に城門ひらきだといふおフレが伝へられました。
愈々当日になりますと、トムさんは乞食より尚汚いボロ/\の服をきて、顔には泥を塗り、杖をつき腰をかゞめてお嫁さんに言はれた通り見物人の一番前に出しやばつてお城の門のひらかれるのを待つてをりました。
やがて時間がきて城門は大きな響きを立てゝガラ/\と開かれました。みると王様は今日を晴といふりつ
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