によくねむつてゐましたよ。』
赤い小鳥はいひました。
『まあ、あの子は何処へでもよく歩るき廻る子でね。』
母親は姉娘の居処が知れましたのでうれしさうに小鳥にむかつて言ひました。
それから五六日して、沼岸に赤い小鳥があそびにきましたので、
『あの子は、まだねむつてゐるでせうか。』
父親はかう小鳥にむかつてたづねました。
『よくねむつてゐますよ、黄色い上着もなにもぬいでしまつて、まつ白い体をしてね。』
小鳥はいひました。
『風邪をひいては困るのにね。』
母親はちよつと心配さうな顔をして言ひました。
それから五六日経つて、沼岸に赤い小鳥が来ましたので親達はまた、
『姉娘はまだねむつてゐるでせうか。』
と質《たづ》ねました。赤い小鳥は、
『ずいぶんよくねむつてゐますよ。眼玉がとけて了ふほどね。』
と答えました。
『まあ、なんといふ呑気《のんき》な、幸福な子だらうね。』
黄色い魚の一家のものは、みな安心したといふ風に、沼の水底の家に帰つて行きました。しかし妹娘の魚だけは、なにかしら悲しい気持がこみあげてきましたので、さめ/゛\と沼岸にいつまでも泣いて居りました。
いまでも姉娘の魚は青草の上にねむつてゐるといふことです。そして青い小父さんが、なんといふ名前の魚であるか、黄色い魚の一家はいまでも不思議に思つてゐるといふことです。(大14・1愛国婦人)
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お嫁さんの自画像
トムさんのことを村の人達は、馬鹿な詩人と、言つてをりました。
トムさんは、無口で、大力で、正直で、それにたいへん働きました、たゞひとつ困つたことには、畠に出て仕事の最中に、いろいろなことを空想し、それからそれと空想し、しまひには、まとまりがつかなくなつて、べたりと地べたに坐り込んで、頭を抱へたきり動きません。村の人達は、これを見て『ああまた馬鹿な詩人が何か考へてゐるな。』と笑つて通りすぎます。
トムさんは、いままでにお嫁さんを三人も貰ひましたが、トムさんがこんな具合に、畠に出て行つては、考へこんでばかりゐて、仕事が他の農夫の半分も、はかどらない始末に呆れ果て、みな逃げ帰つてしまひました。
それでトムさんも、もうお嫁さんは貰ふまいと決心してゐました。
村の人も、またトムさんのところへならお嫁さんにやらないと言ひました。
或る日、トムさんが畠に出て、一鍬土を耕して、じつと鍬の柄に凭《もた》れ、ぽかんと口をあけて空想にふけりました。
あの芋の種が、青い芽を出して、その芽が葉を出して、その葉がだんだん横にひろがつて、しまひには、村中の屋根も道路も、私の芋の葉に、くるまれてしまひ、その茎のいたるところから根がついて、果ては海も山も、世界中が、芋の葉のために、お日さまが見えなくなつてしまふ、そこで世界各国の王様が協議を開いて、かうだんだんと芋が繁つてくるといふのは、何処かに、すばらしく大きな芋の王様が住んでゐて、その親根《おやね》からかうたくさん殖えてくるにちがひない、さつそくその芋の王様を探しだせと、数百万の兵隊を繰り出す、しかし其の頃は地の底は、芋の根だらけで、まさかこのトムさんの畠に、芋の親根があるとは気づかない。
世界の王様が困りはててゐるところに、トムさんは『私は芋の王様です。』と名乗りをあげる。そこで世界の王様は、『これは/\芋の王様、かう日増《ひまし》に芋の葉が繁つていつては、しまひには、私達の呼吸《いき》がつまつてしまひます、いつこくも早く、世界中の芋の葉を、枯らしていただきたい。』と頼みこむ、そこで私は家《うち》へ帰つて、畠の親芋を掘りだしてしまふ、すると世界中の芋の葉がみな赤く枯れてしまふ。わたしはこの功労によつて、世界の王となる、トムさんはこんな具合に、つぎからつぎと、いろいろな空想を描くのでした。
そのときトムさんの頭の上の青空を一群の白鳥が、南の湖の方へとんで行きました。
トムさんはこれをみつけて、『やあ綺麗な白鳥達だな……あの太つたのが白鳥の王様だな。すらつとひときは首の長いのが王妃さまだな、まんなかの一番色の白いのがお姫さまだな、あーあもう私のところには、お嫁さんが来ないかしら、もし来られるなら、あの白鳥のお姫さまでも我慢をするがなあ。然し私の家は年中焚火ばかりしてゐるから、あの雪のやうに白い、白鳥のお嫁さんのお衣装が、汚なく煤けては可哀さうだな。』こんなことを考へて居りますと一羽の鳥[#底本の「烏」を変更]が『トムさんの馬鹿。』と吐鳴《どな》つて、トムさんのつい鼻先へ石ころを、落したので吃驚《びつくり》して、思ひ出したやうに、またひと鍬土を耕しました。
トムさんは今度は、森蔭の白い王城をながめました。
『私は一生のうちに、たつた一日で良いから、あの王城に暮らす身分になつて見たいも
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