しつて、飛ぶやうににげてしまひました。
 女の子は、びつくりして、たいへん腹をたてました。
 その日の夕方、小悪魔は、たいへん機げんのよい顔をして、鶏小舎へかへつてきました。なにかうれしいことがあるやうでした。その日にかぎつて、鶏たちが問ひもしないのに、悪魔は梁の上から、鶏たちにむかつて、ゆかいさうにべらべらと、しやべりました。
『けふ僕にお友達ができたので、それでこんなに機げんがいいのさ。これが、その女の子との、お友達になつた約束のしるしだよ』
 小悪魔は、女の子からむしつてきた、髪の毛を、黒いリボンのやうに、とがつた耳にむすんでみたり、それを、ネクタイのやうに首にむすんでみたりしてうれしがつてゐました。

 オシャレの女の子はいつものやうに、身仕度をして、麦をまくための畑に出かけなければならないのですが、ほかの娘さんたちが身なりもあまりかまはないのに、この女の子だけは、オシャレをして出かけるのでしたから、お化粧にひまがかかつて畑にでたころは、お日様も高くあがつて、お昼も間近いころでした。
 それでもすぐ土を耕しにかかるのではありません。畑のまんなかに突たつて、二、三時間も、うつら、うつらと、いろいろのことを考へてゐるのです。
 そのかんがへることは、麦のことでも、お薯のことでも、秋のとりいれのことでもありません、それはお化粧の事であるとか、着物の柄のこととか、またにぎやかなとほくの都のことでありました。
 かうして鍬にもたれて、ぼんやりとかんがへてゐると、いつものやうに、頭がだんだんと石のやうにおもくなつてきました、そして百姓が急に嫌になりました。女の子はそばの木の切株に腰ををろしてしまひます、かうしてゐるのですから、畑は少しも耕されませんでした。
 夕方になつて、百姓達は、一日の働きも終へ、そろそろと帰り支度をしました、娘さんはこれをみて、おどろいたやうに、ほんの申しわけのやうに、たつた一鍬だけ、がつくりと土に鍬を打ちこみました。
 すると掘りかへされたその中から、ひよつこりと現れたものがあります。
 それは女の子にとつては、にくらしい髪をむしつてにげた悪魔でした。
『さあ、わたしの髪の毛を、いますぐに返してちやうだいよ』
 女の子は、たいへん大きな声をたてて、恐ろしいけんまくで、悪魔をなじりました。
『喰べてしまつた』
 小悪魔は、めんぼくなささうな表情をいたしました、ほんとうは髪の毛はたべてしまつたのではありません、悪魔は、一晩のうちに、髪の毛で、チョッキを編んでしまひ、ちやんと上着のしたに着込んでゐるのでした。
 悪魔は、女の子にむかつて、平あやまりにあやまつて
『あれは、お友達になつた約束にもらつたのですから』
 と言ひましたが、女の子は承知をしませんでした、そこで悪魔は、
『それでは、かはりにあなたのすきなものを、なんでもさしあげますから、ゆるして下さい』
 と言ひました、女の子も機嫌をなほし、さて、慾ばりらしく、あれこれと色々ともらふ物を考へてをりました。
『それでは着物を沢山にほしい』
 といひました。
『たいへんおやすい御用です、着物は十枚もいりませうか』
 と悪魔がたずねました、
『まあ、なんてケチなんでせう、いくら着ても、着ても、着れないほど、たくさんの着物がほしいんですよ』
 といひました。
 悪魔は承知して、ごそごそと土の中にもぐり込んでしまひました、女の子は、悪魔がたくさんの美しい着物をもつてくるのを、いまかいまかと、まつてをりました、しかしなかなか現れません、そのうちに女の子は地面をいつまでも見てゐることが退屈になりました。
『ことによつたら、あんな約束をしたのは嘘で、地の底に、にげてしまつたのではないだらうかしら』
 女の子は、かううたがひながらも、それでもいつまでも根気よく、悪魔のでてくるのをまつてゐました。
『ああ、いやだ、いやだ、百姓がいやになつた』
 かう思ひました、すると女の子の重い頭は、コロリと転げ出して、スポリと地の中にもぐり込んでしまつたのです。
 その夜は、とうとう女の子が、畑から家にかへりませんでした、母親はしんぱいして、あくる朝早くに、さがしにでかけました、すると、畑のまんなかに、女の子の鍬がなげだされてあるきりで、女の子のすがたは見えません。
『あの子は、どこへ行つたのだらうね、地面の中へでもかくれたのかしら』
 かう言つて母親は、鍬でそのへんの土をほりかへしてみると、土のなかからたくさんのタマネギが、ごろごろところげでました。
 母親は、そのタマネギを大きな籠に、うんとこさと入れて小脇にかかへてかへりました。
『まあ、まあ、娘もたいへんしあはせになつて、こんなに沢山衣装を着こんでゐるよ』
 かういつて母親は、タマネギの皮を、一枚一枚むき始めましたが、成程むいても、む
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