いても、下着をたくさんに着込んでをりました。(自筆原稿)

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鶏のお婆さん

 鶏たちは、鶏小屋の近所の野原にぞろぞろと行列をつくつてやつてきました。
 野原には小さな虫がたくさん飛んでゐましたし、きれいな水の流れもありましたから、鶏たちは其処が好きでいつも遊び場所にしてゐました。
 なにか不思議な事が起きたり、あやしい者の姿を発見《みつけ》ることは、雄鶏が一番上手でした、雌鶏たちの目もとゞかないやうな、遠くの方の草の中から犬の耳が二つ、ひよつこり出てゐるのでも、雄鶏はたちまち発見しました。
『悪者が居るぞ、みんな用心しろ』
 と雄鶏は大きな声で叫びました、それから雄鶏は精いつぱい首を長くのばして、悪い奴がどつちの方角へ歩るきだすかを監視しました、それで雌鶏たちは雄鶏が自分達を守つてくれるので安心をして、餌を拾つたり、遊びまはつたりすることが出来たのです。
 その日も、雄鶏が先頭になつて、鶏の一家族は、あちこち遊びまはりました。
 野原のまんなかを流れてゐる小川に、一人の百姓の娘が、青菜を水の中でザブ/\と洗つてゐました。丁寧に一枚々々葉を洗ひ、それを藁でしばつて、一掴みほどづつの束にして、自分の傍に積みあげました。
 娘は、青菜を洗ひながらも、チロリ、チロリ、と横眼で近づいてくる鶏たちの方を見るのでした。
 鶏たちも、また珍らしさうに首を傾げて、一束宛積みあげる、娘さんの忙がしさうな手元をながめてゐました、鶏たちの眼には青菜の白い茎はいかにも、おいしさうに見えました。
『娘さんは、これからあの青菜を町に売りに出かけるのだよ、だから傍へよつてあれを泥足で踏んだり、喰べたりしてはならないよ』
 と雄鶏はいひました。すると若い雌鶏は
『菜を洗つてしまつた後には、きつとコボした菜が沢山あるわね』
 といひました、鶏たちは、娘さんが菜を洗つてしまふのを待つことにしました、そして、その附近で遊んでゐましたが、そのうち滑稽な出来事がもちあがりました。
 娘さんはせつせと洗つた青菜を積みあげてそれが三角型に高くなりました、娘さんは又一つの青菜を積みあげましたが、ところが、その青菜がどうしたはづみか、コロコロと下まで転げをちたのでした。
 その青菜の慌てて転げ落ちた様子といつたらそれは/\滑稽でした、鶏たちは、お腹を抱へて笑ひました。
 なかでもその年の春に生れた、若い雌鶏などは、ころげまはつて笑ひました。
『わたし、こんなにお可笑しい目にあつたのは生れて始めてだわ』
 といひました。
 すると傍から『フン』と鼻先で、意地悪さうに、
『青つ葉が転げ落ちたくらいで、そんなにお可笑しいものかね――』
 といふものがをりました、それはこの鶏たちの家族の中で、いつも意地悪を言つて嫌はれものの、一羽の雌鶏でした、この雌鶏は、もうたいへん歳をとつて、からだはヨボヨボでしたが、口は若い者に負けませんでした、そしてみんなと散歩にでても、自分から地を掘つたり、草の根を掻きわけたりして、餌を探すやうなことはなく、他の鶏の発見した餌を、横合からやつてきて奪ひとりました、また自分で餌をみつけると、羽をひろげて隠しましたので、鶏たちは誰も相手にしませんでした。
『お婆さんも、もう餌を拾ふのが、面倒になつたのだね』
 と或る日、雄鶏がいつたことがありました。
『ああ、さうだよ、わしももうながいこと生きれないよ』
 と婆さん鶏は、しんみりとした声でいひましたので、雄鶏もちよつと可哀さうに思ひました、しかしそのくせ婆さん鶏は、長生《ながいき》をいたしました。
 百姓の娘さんは、青菜を洗つてしまひ、これを小さな手車にのせて、街の方に行きました、鶏たちはコボレた菜を仲善く拾つて喰べました、
『みんな見給へ、あんな高い処を鴉が飛んでゐる』
 雄鶏がいひました、一同は空を仰ぎました。[#底本にはない「。」を補った]なるほど、鴉が一羽高い高い空に、ゆつくりと舞つてゐました、その鴉は病気のやうでもありました、なぜと言つて、それほどに鴉の舞つてゐるところは高かつたからでした。
『病気でなければ、あの鴉が気が狂つたのだらうね』
 と誰やらがいひました、すると空の鴉は、急にくるくると風車のやうに、空中でもんどりを打ち、あれ、あれ、と鶏たちが声をあげて騒ぐ間もなしに、一直線に鴉は落ちました。
『たしかに落ちたね、何処へ落ちたらう、森の向うだらうか、それとも森の中へだらうか』
 雄鶏はかなしさうな顔をしました、雌鶏たちも、みな不幸な鴉のために同情をして、暗い悲しい顔をして、森の方をながめました。
『鴉がおつこちた位で、そんなに悲しいかね』
 と不意にいつたものがありました、それは意地悪の婆さん鶏《どり》でした。
 雄鶏は、ちよつと首の毛を逆立てて、婆さん鶏を尻眼にかけな
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