みを
加へることを知りだしたから
貧しいものの思想は
いつも長い悲しみを
短い瞬間の憤りで表現する
そしてそれを幾度も
根気よく繰り返す
馬車の出発の歌
仮りに暗黒が
永遠に地球をとらへてゐようとも
権利はいつも
目覚めてゐるだらう、
薔薇は暗の中で
まつくろに見えるだけだ、
もし陽がいつぺんに射したら
薔薇色であつたことを証明するだらう
嘆きと苦しみは我々のもので
あの人々のものではない
まして喜びや感動がどうして
あの人々のものといへるだらう、
私は暗黒を知つてゐるから
その向ふに明るみの
あることも信じてゐる
君よ、拳を打ちつけて
火を求めるやうな努力にさへも
大きな意義をかんじてくれ
幾千の声は
くらがりの中で叫んでゐる
空気はふるへ
窓の在りかを知る、
そこから糸口のやうに
光りと勝利をひきだすことができる
徒らに薔薇の傍にあつて
沈黙をしてゐるな
行為こそ希望の代名詞だ
君の感情は立派なムコだ
花嫁を迎へるために
馬車を仕度しろ
いますぐ出発しろ
らつぱを突撃的に
鞭を苦しさうに
わだちの歌を高く鳴らせ。
速度
常識的な柱時計の
歌のくりかへしに
唾をひつかけよう
いまも鳴つてゐる
十二の時が
あいつは何の反逆もない
ゼンマイをほどいてゐる許りだ、
心の時計は三千時を打つた
心の時計は巻いてゐるときに
ほどけてゐる
ほどけてゐる時に
巻けてゐる
眼にもとまらぬほど
早く時をうつてゐる
砂がつぶやいてゐるとき
水が咆えてゐるとき
人間はなにをしてゐるのか、
愛と憎しみのために
たたかつてゐる
現実の時間を
あるがままに流してをくな、
引綱をかけて君は引くのだ
新しい時間は君のものになるだらう
貧しいものの思想はこはれない
速度を早めよう
速度を早めよう
残つてゐる仕事は
それだけだ
女のすすり泣きの歌
日本の最後の女達、
最後の――、
おそらく、すべての最後の女達――、
古い道徳と、古い習慣とに、さやうなら、
古い夢からは何も引き出されない
新しい愛の敷物の上に
お眠りなさい
新しい夢をみるやうに――、
日本の女よ、
料理の芸術家よ、
台所のミケランゼロよ、
あなたは今日も
お勝手で玉葱を切つて
眼から涙を流したり
生活のことで、
愛のことで、子供のことで、
男達のことで、泣いてゐたり
ほんとうに貴女は忙がしい、
瞳はこんこんと湧く涙の泉
いつ停めるともしれない、すすり泣き、
日本の女の底しれぬ、優しさのために
すべての男は茫然としてしまひます。
夕闇の中でいつまでも
悲しんでゐるな、
お化粧と、家庭欄はもう沢山です、
一億打のハンカチを
ぬらすのをおよしなさい、
男にむかつて
男の生活を煽り馳り立て
愛情を牽制し、
ただそのことだけで
一日を無駄にすごすことはつまらない、
私はあなたに新しいハンカチを贈りませう、
それで生活の苦しみと
愛の不安と、焦燥と
運命への犠牲とを拭つて下さい、
最後の一打のハンカチをもつて
最後のすすり泣きを奨めます、
もう新しい時代は
化粧崩れを極度に怖れることが美しくない、
生活のたたかひに加はつて下さい、
優しい生活の女拳闘家になつて下さい、
そして時には
男の鼻柱へグワンと
喰はしてみるものです、
口が裂けてしまつた
トンボは羽を押へられれば
動けないし
人間は口をふさがれれば
くるしいのだ、
わたしはさうして苦しんでゐる
サーチライトの
光りの中で
私の心も肉体も
あいつらの弾を存分に浴びた
私の口は裂けてしまつた
私の口はもう人間の口の
大きさを越えた。
天と地とを併呑する
自然の大きさに裂けてしまつた
悪魔の口をふさぐ神はゐない
歌ふ口をふさぐほど
大きな手は何処にもない
私が歌つてゐるのではない
自然が歌つてゐるのだ、
私が歌つてゐるのではない
君等が私に歌はしてゐるのだ
そして地球の上を歩るいてゐるのではない
わたしが玉乗りのやうに
地球をまはしてゐる
危険な曲芸団に
身を投じてゐる
あゝ、ぐでんぐでんに酔つぱらへ
私の言葉よ
鶏卵遊び
詩人は公然と語る喜びをもつ
その喜びをわかつために歌ふ、
青褪めた顔を
布切れにくるんで
様子ぶつた日本人が歩いてゐるのは
私にとつては滑稽に見えるだけだ、
市民は忙がしいので
スタイリストになるひまがない
文士ばかりがシャラしやらと
平凡なことを難しさうに
言ふためにどこかに向つて歩いてゆく、
長々しい小説そんなものを読む義務を
押しつけるのはファシストのやることだ、
真理は君の小説の何処にあるのだ、
手探りで書いた小説を
眼あきに読ませようとしてゐる
なんと愚劣な形式の長さよ、
私は小説を読む位なら
鶏卵を転がして遊んでゐたほうが
はるかに楽しく真理を教へられる。
風の中へ歌をおくる
君にして
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