私のやうに
御用詩人となる
用意ありやなしや、
明日バラの花が
パッと咲いたら
バラの精となつて歌ひ得るや否や
今日私は太陽の御用詩人として、
主として黒点に就いて歌つてゐる、
太陽の黒点で
地球は冷えきつた厳寒《マロオズ》よ、
そこで私は防寒外套を着こんで立つ
声かぎり熱い声で歌をうたふ、
私は革命の御用詩人だ、
詩の一兵卒だ、
わたしは凍えた精神への
ささげ銃をしてゐない、
燃える精神の挙手をしてゐる、
司令官よ、
私の歌を閲兵しろ、
野の風の中に
私のソプラノは高く、
とほくに去つてゆく、
よし運命の追風が
私の歌をちりぢりに
うちけしてしまつたとしても
自然の風の中へ
歌をおくつた喜びがある、
私がいま机の角を指で
トンとうつたことが
君の心臓の一角をトンとうつたやうに、
私の歌は流れ流れていつかは
味方と敵との鼓膜を
うつことを私は確信する


暁の牝鶏

なんといふ素晴らしい
沈鬱な暗い夜明けだらう、
これでいゝのだ
暁はかならず
あかく美しいとはかぎらない
馬鹿な奴等は、まだ寝てゐるだらう、
りかうな奴等も寝てゐるだらう、
どつちもよく寝てゐるだらう、
ただ我々だけが、
誰にも頼まれもしないのに
夜つぴて眼をあけて
くるしんでゐるのだ、
可哀さうだとは思はないか、
歴史の発展の途上に、
眠れない男たちを。
――可哀さうだと思はない、
それは御随意だ、
おお、鶏どもよ、
お前ももう起きたのか、
羽虫を羽からほふり落して、
早く歩きまはり
コツコツと足を鳴らして
暁から活動し給へ、
塔を守る鐘楼守のやうに
牝鶏をかばふ雄鶏のやうに
愛するもののためには
献身と、奉仕が美しい
わたしの鐘楼守よ、
塔をとりかへておくれ
塔よ、塔よ、塔よ、
わたしの愛する牝鶏よ、
巣をとりかへておくれ、
セトモノの卵を、いつまでも温めてゐるのか、
セトの卵は永遠に孵らない、
めんどりよ、
君は自分の腹を
新しく痛めるのだ。


私と風との道づれの歌

強い風は山へ真正面にぶつかつた
風は数千万の草笛をふいた、
騒いだ、草むらの
草笛たち草たち
そして風は谷間を迂廻していつた
依然として花をふるはせ
草笛を鳴らしながら、
無数の谷間をとほり
いま風とたたかつてゐる、
そしてそれらのさまざまの
谿谷をとほつて
その谷の放射状に集る海のところで
風は高く激しく再び鳴りだすだらう、
やさしい一羽の小鳥のために
私は精根を傾けつくして
小さな微妙な胸毛の
ふるへにも耳傾けよう、
可憐な一片の花弁のみぶるひにも
私は眼を大きく見張らう、
一枚の葉の失望的なふるへにも
私はともに苦しむのだ、
立て、野のものぐさの牛よ、
意志的な額を突んだして
前足で、石をガリガリ掻き始めよ、
雲雀は空に歌ひあがれ、
蛇よ、とぐろをほどいて攻勢にでろ、
蝶よ、海を渡たれ
あゝ、私はお前が、海に落ちたら
葬つてあげよう、
野から谷から人間の住むところまで
やつてきた風を、私は迎へる、
私の熱した頭は
お前の風のくちづけで一層熱くなる、
凍えてしまつた頭をもつた人々を
熱した風よ、
お前の愛でとかしてくれ、
人々は高い声をだし始めるだらう
非常にはげしい声をだし始めよ、
とほくからきた風よ、
お前が谷を駈けぬけるとき
パイプオルガンのやうに壮厳に
真実の歌をうたつた
人間の意志の強さを合奏した、
私はどのやうに屈折の
ある谷であらうとも
最後の海へ出るところまで
はげしいお前の風の
道連れになるだらう。


窓と犬のために歌ふ

精神の硬化から
開放されよ、
わが友達は
良き朝夕のために
窓をひらいて
歌をうたへ
悲しいことは沢山ある、
あんなに人生の闘ひに
勇敢であつた友が
剽盗に成り下つたり、
泡盛をのんで
壁に頭をぶつつけてゐたり、
アクロバチックダンスのやうに
身をもだえて
苦しさうな小説を書いてゐたり、
でも人生とは
そんなリアリズムではない筈だ、
愛とは野火のやうに
どこまで延焼的なものではなかつたか
たよりない、暗黒な悲哀の
日常に
私にはどこにも
もたれかゝるものがないのに
しきりに人々は
もたれかゝらうとしてゐるのだ、
もう立つてゐることが
できないのか
可哀さうだよ、
休息をしたいのか、
地面に倒れるだけが
お前にとつて休息だと
いふことを知らないのか、
私は私の窓と
お前の犬とのために
かうして歌をうたつてゐるのだ、
私の窓はひらかれた
痲痺剤の容器のやうに、
お前の頭はだんだんと
うなだれてゆくのを
私は見るに堪へないから
私は歌ふのだ。


銀座

夜の街よ、
ネオンサインよ、
淫猥なばかりで
さつぱりお前は美しくない
都会の共同便所よ、
立派な建て方だ
掘割の水の上を油が辷つて流れてゆく
他人様の妻君の美しさよ、
眼にうつるもの
ひとつとして私を
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