で動かない夜
おムツが濡れて泣き叫ぶ赤児と
それをあやす母親の声が
きこえてすぐやんでしまふ
白い乳をゆすぶりながら
きまつた時間に
ガラガラと通つてゆく牛乳車
太陽よ、その頃お前はやうやく
うす桃色の光りで
窓のカーテンを染めだす
暁になることがなんと遅いことだらう
まつてゐるのは私ばかりでは
ないであらうに


春の歌

虫共はうごき始めた
乾いた土に列をつくつてゐる
私はそれをみると胸がつまつてくる
ヤキモチが焼ける
立派な目的のために
こいつらが歩いてゐるのだと思ふと――、
春がやつてきたのだ
昆虫も寒さから開放され
結核菌が殖えて
星の光りもにぶく
菫の花も咲く
春がやつてきたのだ。
小さな虫共の行手に指をたててみる
彼等は私の指を避けて通る
彼等は紳士的だ
おどろくほど沈着いてゐて
彼は彼の行手のために
行列を切断しない
私はそこに小さなものの
精神の鎖をみつけた
人間はどこで誰とつながつてゐるだらう
俺達人間は春を享楽できない
昆虫や草花に権利は引き渡してしまつた
精神は粗雑な何事も印刷出来ない
悪い紙のやうにペラペラだ
どうしてデリケートな春を
心に映しだすことができや
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