たりしてゐたのに
私の小屋の扉は
いちにちぢゆう閉られたきりで
父親も母親も帰つてこなかつた
夕焼は小羊達を美しいカーテンで
飾るやうにして小屋の中に追ひやつたのに
ランプもついてゐない私の小屋の
恐ろしいくらやみが幼ない私を迎へた
百姓の暮らしの
孤独の中に放されてゐる子供は
樺の樹の幹を巡ることに
孤独を憎む悲しみの数を重ねた
いまでも愛とはすべてのものが
小羊のやうに
寄り添ふことではないのかと思つてゐる
いまでも人間とは小羊のやうに
体の温かいものではないかと思つてゐる
大人になつても泣けるといふことは
みな昔樺の樹を巡つたせいだ


鉄の魔女

しづかな嘘か、或は計画された情熱で
魔女をのせた車は足音を忍ばせて走る
人影はながく、土の上の車の軋りは
いつまでもいつまでも列をつゞける
辺りに眼もくばらずに
悲劇の法則を辷るやうに――、
こゝは曾つて平和であつた
こゝろよいクッションであつた
いま寝台の弾機は壊れてしまひ
デコボコの路に
ところどころ穴があいて水が溜つてゐる

一夜にして野はベッドの覆ひを
激しい風と火とで縦糸《たていと》を舞ひあげて
あとには赤い横糸《よこいと》
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