しばらくは呆然としてこれらの徒の
なすがまゝにそれをみてゐる
敷きのべられた夜を
足音も荒々しく心も散漫に
傾斜した街を彼等は降りてゆく
いまは道徳も何の説得力をもたない
この救ひ難い群を誰が救ふのか?


窓硝子

夜の寒い部屋の中で火もなく
ただ生きてゐる心をしつかりと
支へてゐる肉体だけが坐つてゐる
硝子窓にじつと呪はしい眼をおしつけて
戸外の暮れも押しせまつた街をみてゐる
喧騒もなく景品つきの騒ぎもなく装飾もなく
じりじりと新しい歳にくい入らうとしてゐる
戦争もまだ止まない
避けがたいものは避けてはならない――と
強い声がラヂオで吐《ママ》鳴つてゐる
やさしい猫が窓際にやつてきて
向ふ側から硝子戸に体をすりよせ
内側の私に媚びたやうな格好をする
少しも私が嬉しがらないことを知らない
彼女が熱心に笑ふそのやうにも
尻尾で猫はしきりに硝子を
はたはたといつまでも叩いてゐたが
急にすべてをさとつたやうに
また柔順な皮をするりと脱いで
野獣のやうな性格をちよつと見せて
閃めくやうに窓の下に落ちてみえなくなつた
光らない昼のネオンを
裏側からみることのできる
こゝの裏街の雑ぜんとした私
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