人生に冷めたいものは冬と墓石だけで
人間の心は温いものと思つてゐたのに
冬の間――、冷めたかつたのは人間の心であつた
墓よりも冬よりも冷めたく
月よりも、秋よりも淋しい奴、お前人生よ、
春が来て私をちよつと許り私を嬉しがらせたとき
なまぬるい風が、街では病人を死へ運び去つた。


夜の群

人間とは救ひ難い者をも愛さねばならないのか
愚眛な動作で調子を合せて手の指を鳴らすナンセンス野郎も
金歯をむきだしにして笑ひ楽しんでゐる女も
壮観極りないほど鯨飲鯨食する徒も
燕尾服の前をはだけて立小便をしてゐる
胸に白薔薇を挿した泥酔漢も
よちよちと子供に手を引かれて
猥歌をうたひあるく職業乞食も
左翼ファンも文学青年も
ジレッタント学生、守銭奴の爺も
とろけた眼をしてゐる男色家も
これらのすべての者を愛する義務と
力とは誰がもつてゐるのか?
これらの悲しい愚かしい群は毎夜街をさまよふ
しかも彼等は何者をも怖れず
心の喜捨をも乞はず
強い独り語で満足してゐる
これら愚昧の徒は日増に街にあふれ
しづかに陥没するやうに夜となつた地球の
くらい階段にぞろぞろと降りてくる、
高遠な理想家、道徳家、政治家も
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