ふらふらと
天にむかつてそれをのぼる。


失恋

月は物欲しさうに
街を照らす
私は何んにも欲しくない
お寺と墓場と空地のまんなかを
私はたつた一人で帰つてゆく
私は物の影を愛し
しきりに物の実体を憎みだした
古今無類の悪傾向に陥てゐる
すべてを追ふことを中止しよう
捉へ難い影を追ふ楽しみにひたるとき
きつと悪い運命がやつてくるだらう
銃よ、鳴れ、激しく、高く、
どこかで一発撃つてくれ
私は私の立つてゐる位置を
その銃の音で知ることが出来やうから
銃の鳴つた方向に
いつさんに走つてゆく
撃たれるために
走つてゆく鹿のやうに――、
足も軽々と
心も躍らせて
月をあざけり
街を黙殺しながら
私は猟師の
ところに走つて行かう


ステッキ

心にわだかまりがあれば心臓病だ
頭に沈滞あれば脳病だ
地がゆらげば地震なり
天が騒げば暴風雨なり
――人間、自然を超えて
果して理想ありや、喝、
あゝ、病患と悦楽は
わが坩堝の中に
水銀と水のやうに反撥し合ふ
水銀が右に行かうとすれば
水がそれをはばむ
水、左にゆかうとすれば
水銀がこれを嘲弄する
あゝ、釦の穴ほどの
小さな私の人生観に
彼女が糸を通し
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