福の陶酔は
避けようとして、避けることのできないものだ、
私も詩人ハイネのやうに良心がある、
しかし前置を書くほど悠長ではない、
光つてうるほひのある湖の眼、
沈鬱で悲しい時代の表情よ、
あなたの美しい眼は
ついこないだまで捕はれてゐた、
重い苦しい時間の反覆のなかで
単調にじつと眼は考へこんでゐた、
いかにあなたを強く愛するものも
近づくことのできない刑務所の中で
あなたの眼はじつと一個所の窓を
ながめてくらした、
可愛らしい一羽の雀が
あなたの見えるところの木の枝に
きまつて同じ木の枝に
とまつて鳴きながら
さまざまに羽で姿態《しな》をつくつて
退屈なとらはれの心を楽しませてくれた、
わたしはあの雀のやうに
重いあなたの眼を柔らげる程の力がない、
わたしの沈鬱な
他人に語ることができない苦しみの眼が
あなたの幅広いがつちりとした胸に抱かれる
あなたは雀の胸毛の風にそよぐやうな柔らかさと
たたかひの疲労を投げかけても
慰さめてくれるものを私は感ずるのです
わたしにとつて切実な、
あなたにとつて突然な、
不用意な私の愛の表現を
あなたはどうぞ軽蔑して下さい、
林の中はしづかでした、
あ
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