兵士はよろめいてゆく、
煙は去つて一抹もない、
後にのこつたものは灰だけだ、
爺は灰を掻いて裏庭にある
大きなゴミ箱の中へ灰をザアとあけて
パタンと蓋をしめて去る、
灰はまつ白い人間となつて
ゴミ箱から躍りだし
――なんといふひどい事をしやがるんだ
とぶつぶつ不平をいふ
いや、をそらく灰が人間になるなどといふことは順序ではない、
人間が灰だらけになつて
ゴミ箱の中から現れただけの話だ、
彼は灰だらけの顔で周囲をみ廻し
底光りの眼をぎよろつかせ
男はげらげらと何時迄も時間を無視して、
停めどなく笑ひ出す、
残飯用のヅダ袋へこの灰を
せつせと詰めこみ始めた、
ふらふらとした足つきで
夜の街を何処かへ向つて歩るきだした、
彼は札の灰を
提灯と小格子と、三味線との色街へ
着流しの旦那さん達の待合の勝手口へ――、
ゴミ箱の中のルンペン大将は現れた、
彼はのつそりと無遠慮に
灰の入つた首にかけた袋を突出す、
美しい女が五十銭玉を彼に渡すと
彼は灰をひとつまみ女に包んで渡す
彼は次ぎから次ぎへと
家なみに灰を売りあるき
灰を売つてしまつたころは
新しい伴天を着て
新しいガマ口をもつてゐた、
待合の女
前へ 次へ
全98ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小熊 秀雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング