パンチヂリの音も
昔のやうに楽しさうでない
丘の上に月がでても
昔のやうに若者たちは
月の下をさまよひ歩かない、
哀号――、悪魔に喰はれてゐるのだ、
老婆は聴いた
ボリボリと音をたてて悪魔が
山の樹を喰つてしまつたのを、
娘は河へ水を汲みに行つて溺れ死ぬ
若い者は飲んだくれたり
博打《ばくち》をうつたり
地主さまに楯突いたり、
農民組合とやらをつくつたり
村をとびだしたり
若い者は何かと言へば
すぐ村の半鐘をうちたがる、
トクタラ、トクタラ、トクタラ、
老婆《ロツパ》が精魂こめて
パンチヂリで白く新しく
晒した朝鮮服も
若いものは着たがらない
麦藁帽子をかぶつたり
洋服をきたり、ポマードをつけたり
そして老婆達にまで
昨日、面長さまから呼び出しがあつた
面事務所にぞくぞくと村の衆は
集つてきた、
高いところから
面長は村の衆に吐[#「吐」に「ママ」の注記]鳴る、
――世の中は、日進月歩ぢや、
  文明文化の今日《こんにち》は
  第一に規則をまもるべし
  納税の義務
  つまりは年貢はかならず収むべし
  それから、特に
  婆共は、よつく聞け
  糞たれ頑固どもは
  夜つぴて

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