しい風が
村の人々の白衣の裾を吹きまくり
峠を越しさへすれば
峠のむかふに幸福があると云ひながら
村を離れて峠をこしたがり
追ひ立てられるやうに
若い者は峠をこえてゆく
お前の可愛い許嫁《いひなづけ》は
貧乏な村を去つて行つた
いまは壮健《たつしや》で東京で
働いてゐるさうな
そしてゴミの山やドブを掘つくりかへして
金の玉を探してゐるさうな
一つ探しあてたら
すぐ処女《ちよによ》よ、お前を迎へにくる
あゝ、だがそれはいつたい
何時のことやら
去つてゆくものはあるが
帰つてくるものがない、
夜つぴて歌をうたつた
声自慢、働き自慢の
わしの連れ合ひも死んでしまつた、
わしの糸切歯ももう
糸を切る力がなくなつた、
洗濯台《ぱんちぢり》をうつ棒《ぱんち》も重い
いくら追つても朝鮮烏奴は逃げない
虫は泣きやまない
なにもかにもみんなして
この老婆《ロツパ》を馬鹿にしくさる
たのしい朝鮮は何処へ行つた、
古い朝鮮はどこへ行つた、
神さまや、天が、
朝鮮を押へつけて御座らつしやるのか。
そして老[#「老」に「ママ」の注記]寄も若いものも
夜つぴて苦しさうに寝返りをうつ、
トクタラ、トクタラトクタラ、
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