トクタラトクタラ、
朝鮮の山に木がない
おや、それはお気の毒さま、
家には食ひ物がない
おや、それもお気の毒さま、
『あゝ、良い子だ、良い子だ、
みんなそのことを神様が
知つてござらつしやる。』
老婆《ロツパ》は体を左右にふりながら
馴れた調子で木の台の上の
白い洗濯物を棒《パンチ》で打つてゐる。
トクタラ、トクタラ、
『あゝ、えゝとも、えゝとも、
良い音がするぢや――。』
わしの娘や息子のことは判らぬぢや
だが、わしの親父や先祖のことは
ふるい朝鮮のことは
この年寄の汚ない耳垢が
いつも耳の中でぶつぶつ語つてくれるぢや、
青い月の光のもとの村の屋根の下の
女達が
長長秋夜《ぢやんぢやんちゆうや》
トクタラ、トクタラ
幾千年の昔から
木や石の台の上で白衣をうつて
糊をおとしてシワをのばして
男達にさつぱりとしたものを、
着せて楽しく、
朝鮮カラスも温和しく
洛東江の水も騒がなかつたし
今のやうに面《めん》事務所の
面長がなにかと
書きつけをもつてうるさく
人々の住居《すまゐ》を訪ねてこなければ
息子や娘も村にをちついてゐて
老人たちの良い話相手であつたのに
近頃はなんと、そはそは
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