だつて私の白い前垂に、
火がとびうつるんだ、
私は火達磨になつて死ぬ覚悟を決めたよ、
ねえ君、現実といふところは、
なんて辷るところだらうね、
すつかり建物も街路も油がしみきつてゐて、
てらてら光つてゐるし、
いたるところでは火を呼んでゐるよ、
――煙草を吸ふべからずだよ、
内証で吸ふ煙草の味のうまさはこたへられないね、
子々孫々へ伝へていゝね、
いゝ職業だよ料理人は、
可愛い奴だよ、フライパンは、
ポンと肉をほうりこんで、
ヂュといはせる、
堅けりや喰はないし、
柔らかけりや駄目だし、
半熟は総じて、お客の口に合ふよ、
歯で噛むと血がにじみでる位が、
肉を揚げては上々だよ、
わが友、
コックよ、
み給へお客の何と殺到することよ、
君も火達磨になるつもりで能率をあげ給へ、
鉢巻をし直し給へ、
繩ダスキをやり給へ、
お客はみんな若いんだ、
若い歯なんだよ、
頼むよ、柔らかい肉をね、
あんまり堅いんぢや、
当世喜ばれないよ、
大切にしたまへ、
君の主人公ではなくて、
君のお得意をさ――。
農民組合の一員の死
――同志の霊に捧ぐ――
若者は崖の上に立つてゐる
新しいロマンチズムよ、
勇気よ、
蒼空の青と、海の青との接触、
そこに一個の人間が手をひろげて立つてゐる。
このみすぼらしい海《ママ》村の日本海に面した
崖のとつぱなに出て
この若者は何をしようとするのだらう、
若者は崖から海にむかつて叫ぶのだ
――農民諸君
われわれ百姓は――と。
どうしてこの若者を
単なるロマンチックと解し
英雄的行為だと言へようか、
沖にむかつて農民諸君と叫ぶとき、
魚たちは、けげんな顔をして、
波間から若者の様子を見てゐただらう。
陸には青年の叫び、
海ではフカが小魚をおどろかして通る、
雲の交叉、
そのスキ間から朝陽が勇躍し
ヌッと太くたくましい光つた片腕を突出し、
村の一角を赤い彩りをもつて捉へる、
曠野には馬が放された、
風はその馬のたてがみを吹きなびかせる、
風よ、
お前は馬にとつては、よき調髪師だ。
若者は毎朝日課のやうに海にむかつて
農民諸君と叫ぶ
それからくるりと踵《きびす》をかへして
農民組合の事務所へゆく、
ねつつこい、たゝかひを開く為めに赴く、
仕事が終へるとこの若者は寝にかへる、
稲が小山のやうに積まれた
その下に立つてゐる
この稲は彼のベッドだ、
間も
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