なく稲のピラミッドの中に彼はもぐりこむ

――おまへは夕べ、何処へ泊つただ。
――あゝ、わしは
 友達のあつたけい、寝床へ寝ただよ。
母と子はたがひに案じ合ふ、
母はこゝろの中でおどろいてゐる、
息子が村の若者をみんな引きつけてゐるといふことを。
海にむかつて、まるで日蓮さまがやつたやうに
しきりに何か叫んでゐる息子を。
稲積みの中に寝て家に帰つてこない日のあることを。
ちかごろ鉄砲のやうに続けさまに
苦しさうな咳をしだしたことを。
**がしきりに息子の後をつけ廻してゐることを。

薔薇色の空は
ある日この青年にとつて砕けて見えた、
――おつ母あ
ワシは長いきをしたいよ!。
かうしんみりと語つたのは昨日《きのふ》のことだつた。
ところがその翌る日
座つてゐた彼は急に咳を一つした、
――おつ母あ、
 もうオレは駄目だ。
かう彼は早口に言つた、
そしてスウと屏風のやうに
後に静かに倒れてそれつきりだつた。

母親にとつては
なんとアッケない息子の生涯だつたらう。
自分のそばを離さず、
せめても夢だけでもゆつくりと、
色々と見せてから殺したかつた。
だがほんとうにこの若者は、
少しも母のそばにじつとしてゐなかつた、
僅かな瞬間に、わずかな夢より
見るひまがない程に、彼は忙しかつた、
稲の中で眠つて彼は永遠をとらへた夢を見た、
しかも彼は貧しい村の永遠を捉へた、

彼の死をかなしむ若い会葬者たちは、
母親の知らない唱歌をうたつて長い行列をつくつた、
母親はそして心からかう思つた。
この村の若い衆たちは、
肉親のわしよりも
息子の死んだことを何倍も
悲しんでゐるやうだと――。


気取り屋に与ふ

私は誇る
私が詩人であることを、
私がいちばん高い位置にあることを、
高さとは――私自身に犠牲を
要求する心理の階段の高さをいふ。
気取り屋よ、
君のツラへ
私は率直な鉄丸をぶつつけてやらう
君の仮面が砕けて
下から真物のツラが現れるやうに、
我々はもつと憎まれる必要があるのだ――、
十万の味方をつくるために
どうして我々は千の敵をつくることを
怖れてゐられるだらう。

したたるやうな水蜜桃よ、
甘い苺よ、
葡萄よ、
あらゆる果実を樽にぶちこんで
感情のジャムをつくり
虚偽者の頭へ投げつけてやらう、
詩人の攻撃とは
如何に複雑な味があるかを知らしてやれ、
野良犬のために路を譲る

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