肩にかけゆく長廊下外面《とのも》は霧にこもりしづもる

おりしづむさ霧をかんじひたりゐて肌にさらめく湯のこゝちよき

提灯をもつは女か温泉《ゆ》の宿の闇の山坂ゆきかへるなり


北海旅歌

(1)十一年振りの旭川
はるばると来て清浄無垢を学びたり朝あけに見るヌタクカムシペの山

色あせてはためき寒し応召の屋根の上なる日の丸の旗

喫茶部《きつちやぶ》のツンとすました女故《ゆゑ》またコオヒイのうまき味かな(北海ホテル茶房にて)

久しぶりでホテルの酒房にでんぐりかへりあゝ道徳がなけらばと思ふ

いちめんのたんぽぽの野の美しさ触れてもみれば散りしぶりたる
(神楽《ら》岡《をか》)

旭川友あり姉あり酒もあり心弱ければ剣《けん》を恐るる

旭川雪よりいでてなを白き女の街よ去りがたきかな

(2)農村ところどころ

わつさむ[*「わつさむ」に傍点]の空の紺碧眼にしみて百姓と空と瞼を去らず

窓もない百姓小屋のおそろしき暗さの中に子供らが住む

つつましく店番をする女ありかどに大きく『出征兵士の家』

噛めばかたくなめれば甘き落花糖うのみにすればのどつまりする

水田の泥にうづまり動く人赤き帯故
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