小熊秀雄全集−1
短歌集 
小熊秀雄


幻影の壺

けだものの子

産科院よるのさびしさ夕食の鈴のしづかに鳴りにけるかな

おぎや……たかくさびしく産科院けだものの子のうまれけるかな

けだものの子はかたくもろ手を胸にくみしつかりなにかにぎり居るかも

うすら毛のけだものの子は四つ足をふんばりにつつ呼吸づきにけり

けだものの子は昼としなればひそまりて小鼻かすかにうごめけるかも

おそるおそるけだものの子の心臓のあたりに指を触れにけるかな

けだものの子は瞼かすかにうごかしつ外面の草の戦《そよ》ぐきくかな

けだものの子は生れながらにものを食《お》す術《すべ》しりたればうらがなしかり

黒薔薇はなにか予言《かねごと》まむかいのけだものの子にいひにけるかな

けだものの子はとつぜんに手足ふり狂乱となり泣きにけるかな

けだものの子は現世いやとかぶりふり土ひた恋ひて泣きにけるかも

ひえびえの秋風ふけばけだものの子にも感づとふるひけるかな

入りつ日をけだものの子はあびしかばうぶ毛金毛となりにけるかも

ひそかにひそかにけだものの子のその親を柩《ひつぎ》のなかにいれにけるかな

ひそかに
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