アをかけて喰べて見たいの。
それ以来彼女の舌は天才的になり、味覚は敏感となつた。
俺はフランスの美食家、プリヤサブアランのことをおもひだした。それは彼女もフランスの美食家に負《ひ》けをとらない、珍奇な喰べ物を探しだしたからであつた。
『鶉の油で、はうれん草を揚げたもの』や『極く新鮮なカキのあとに喰べるものは、串で焼いた腎臓と、トリュッフを附けたフォア、グラと、それからチーズとバタとを溶いた香料と桜酒で味をつけた』などゝ注文をいひだし兼ねなかつたが、幸彼女は飢ゑたやうにがつがつと歯を鳴らして、夏蜜柑に砂糖をかけたのを、一日に七ツも八ツも貪り喰ひ無性にうれしがつてゐた。
俺は幸にも手籠を提てパリーの公設市場まで、買ひだしに行かなくてもよくて済んだのであつた。
それから間もなく欺されてゐることを知つた。
肺病などゝいふ上品な、はいからな病気でもなんでもなかつた。彼女は妊娠をしてゐたのであつた。
精一杯な我儘を始めた。
殴りつけようとすると、女は素早く拳骨の下に、腹を突きだした、かうすると俺が殴れないことを、ちやんと知つてゐた。
当時俺たちは極度の貧乏をしてゐたのだが、彼女は不
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