に許り閉ぢこもつてゐるといふことは危険なことだ、彼等はその健康をもつて、ぐん/″\不合理をも、押倒し、引倒し、藪原の材木を曳く壮健な馬のやうに、人生を突き進む、これに反して、可憐で繊細な病人達は、絶えず人生の姿に脅へた。
 高い壁にゆきあたると彼等はじつとその前に坐つてゐて、何時までも待つてゐた。
 扉のしぜんに開かれるまで、退屈な人々は何事かを考へてゐなければならなかつた。

    (三)

 俺の馬のやうな彼女も、俺の処に転がり込んで来た当時は、細い首をして、青く透いてみえる顔をしてゐた。
 ――体の何処かに、疾患を持つてゐる方は、豚や牛のやうに、健康な人たちとはちがつた鋭敏な感覚と、叡智とをもつてゐるものですね。
『俺は今考へると腹が立つ程当時彼女に丁寧にものをいつてゐたのであつた』
 すると女はごほん/″\と咳をした。そして胸の辺をおさへ情趣に富んだ表情をした。
 ところが彼女の病気は、美しくなるどころか、日増しに悪化し、次第に顔が狐のやうに尖り、皮膚の色沢もなくなり額のところの毛が脱けてきた。
 或る日、飛んでもないことをいひ出した。
 ――貴方。妾《わたし》お寿司にサイダ
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