ないのに、すつくと立ちあがり、彼女は勝手元から踏み台を持ちだし、その踏み台を、石版刷りの西洋名画の額のある高い壁の下に据た。
 彼女は泣ながら、そしてごそごそいはしながら、額の後の手探りを始めた。
 ――なにを探してゐるんだ、汚いぢやないか。
 ぱつと埃が舞ひ上つた、彼女は隠してをいた品物を発見した。
 堅く丸いもので、白木綿で包まれたものだ、中からは新聞紙包みが出て来た。
 なんといふ念入りなことであらう、その新聞の中には、青い活動写真の広告紙があり、その紙の中から最後に、塵紙で包んだ五十銭銀貨が一枚飛びだした。
 ――貯金するなんて、汚い根性をだしたら承知しないぞ。
 俺は一喝して、五十銭玉を彼女の手からひつたくると、ぱつと戸外に出た。
 街には夕暮の沈んだ空気が漂つてゐた。俺は洋食店に飛び込んで大コップ五杯のビールを飲み充分に酔ふことができた。
 ――たとい五十銭銀貨一枚にしろ我々階級にとつて、貯蓄するとは大きな、陰謀でなくてなんであらう。
 ――私有財産を認めず。
 ――彼女は詐欺師、しかし偉いぞ俺は全く泥酔したり悪罵したりまた無性にうれしがつたりした。
 その後ある日、
 電
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