様はふたこと目には、金を掛ればといふが、金をかけて美味いものをつくりあげるのは誰でも出来るんだ。栄養価値の問題ぢやない、美の問題だ。
 彼女は実際口に入れることが出来るものは、何でも嚥み下すことが出来るもの位に単純に考へてゐるらしかつた、だまつてゐれば革帯でも切つてお汁の実に入れ兼ねない女であつた。
 そこで俺は味覚心理学を、約三十分間程も長講し、飯を炊くことの下手な女は愚鈍な女であるといふ結論で小言を結んだ。

    (五)

 彼女は恭しくひれ伏して謹聴した。俺はその場の不快な、焦々とした空気を一刻も早く脱れようとしたのであつた。
 ――泣面を見てゐられるか、カフェに行くんだ金をだせ。
 二人の生活には十日も以前から一銭の小遣ひ金もなくなつてゐた。で俺はその無理難題であることをちやんと知つてゐた。
 ――そんなことを仰言つても、四五日もお風呂に行かれないことを貴方も知つてゐる癖に。
 ――風呂位、一年行かなくても死ぬものか、文句をいふな、ぐづぐづして見ろ。
 勝ち誇つてゐたので、畳かけて惨忍な言葉を、頭上から浴びせかけ、またもや拳骨を喰らはしたのである。
 ところが俺が予期してゐ
前へ 次へ
全14ページ中11ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小熊 秀雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング