のする講演を聴きに行ったことはある。翌一八六三年にはロンドン大学の評議員をやめ[#「評議員をやめ」に傍点]同六四年には教会の長老をやめ[#「長老をやめ」に傍点]、六五年には王立協会の管理人もやめて[#「管理人もやめて」に傍点]、長らく棲んでいた部屋も返してしまい[#「部屋も返してしまい」に傍点]、実験室も片づけた[#「実験室も片づけた」に傍点]。この時七十四歳。後任にはチンダルがなった。もっともチンダルは既に一八五四年から物理学の教授にはなっておった。
 それでも、まだ灯台等の調査は止めずにやっておったが、トリニテー・ハウスは商務省とも相談の上、この調査はやめても、年二百ポンドの俸給はそのままという希望で、サー・フレデリック・アローが使いにやって来た。アローは口を酸《すっぱ》くして、いろいろ説いたが、どうしてもファラデーに俸給を受け取らせることが出来なかった。ファラデーは片手にサー・アローの手を、片手にチンダルの手を取って、全部を[#「全部を」に傍点]チンダルに譲ることにした。

     五四 終焉

 ファラデーの心身は次第に衰弱して来た。若い時分から悪かった記憶は著しく悪るくなり
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