一生を知るには、その人のなした仕事を知るだけでは十分でない。反対に、その人のことさらしなかった事もまた知るの必要がある[#「ことさらしなかった事もまた知るの必要がある」に傍点]。人の働く力には限りがあるから、自分に適しない事には力を費さないのが賢いし[#「賢いし」に傍点]、さらにまた一歩進んで、自分になし得る仕事の中でも、特によく出来る[#「特によく出来る」に傍点]ことにのみ全力を集注するのが、さらに賢い[#「さらに賢い」に傍点]というべきであろう。
ファラデーは政治や社会的の事柄には、全く手を出さなかった。若い時に欧洲大陸を旅行した折りの手帳にも、一八一五年三月七日の条に、「ボナパルトが、再び自由を得た(すなわちナポレオン一世がエルバ島を脱出したことを指す)由なるも、自分は政治家でないから別に心配もしない。しかし、多分欧洲の時局に大影響があるだろう」と書いた。後には、やや保守党に傾いた意見を懐《いだ》いておったらしい。
ファラデーのような人で、不思議に思われるのは、博愛事業にも関係しなかったことである。もちろん個人としての慈恵はした。
また後半生には、科学上の学会にも出席しない
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