と言った。ところが、ファラデーは頭を振り顔色を変え、悲しそうな声で「私が商売をすてて学界に入った頃には、これでもう度量の狭い、妬み深い俗の世界は跡にしたと思っておったが、これは誤りで、智識は高くなっても、やはり人間の弱点や利己心は消えぬものだということを悟りました」と答えた。

     四〇 実用

 科学上の発見の話が出ると、すぐに「それが何の用[#「何の用」に傍点]に立つのか」ときかれる。これの答は、人間には智識慾があって智識を得んとするゆえこれを満たすものはみな有用だといいてもよい。しかし問う者は恐らくかかる答では満足すまい。「実用向きで[#「実用向きで」に傍点]何の用に立つのか」という所存《つもり》であろう。それに答えるのも、ファラデーの場合にはむずかしくはない。
 電気が医用[#「医用」に傍点]になるというが、これもファラデーの電気ではないか。いずれの都市でも、縦横に引ける針金の中を一方から他方へと流れるものはファラデーの電流ではないか。家々の灯用[#「灯用」に傍点]として使い、また多くの工場では動力[#「動力」に傍点]に用い、電車[#「電車」に傍点]もこれで走っているでは
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