を焼き、ダイヤモンド[#「ダイヤモンド」に傍点]は純粋の炭素より成ることを確めた。
四月初めにはローマに向い、そこからファラデーは旅行の事どもを書いた長い手紙[#「手紙」に傍点]を母親に送り、また元の主人のリボーにも手紙を出した。そのうちには、政治上のごたごたの事や、デビーの名声は到るところ素晴らしいため、自由に旅行できることも書いてある。またパリが同盟軍に占領された由も書き加えてある。
ローマでは、モリシニが鋼鉄の針に太陽の光をあてて磁石にするという、あやしい実験[#「あやしい実験」に傍点]を見、月夜にコロシウムの廃趾を越え、朝早くカンパニアの原を過ぎ、ネープルに向った。匪徒《ひと》の恐れありというので、護衛兵[#「護衛兵」に傍点]をも附した。
五月半ばには再度ベスビアスに登ったが、二度目の時は丁度噴火のあった際であり、それに噴火口に着いたのが夕方の七時半だったので、一段の壮観[#「壮観」に傍点]をほしいままにした。
六月にはテルニに行って、大瀑布の霧にうつれる虹を見たが、このとき虹の円形の全体[#「全体」に傍点]を見ることができた。アペナイン山を過ぎて、ミランに着いたのは七月十七日。有名なボルタはこの時もう老人であったが、それでも頗る壮健で、遠来の珍客たるデビーに敬意を表せんとて、伯爵の大礼服[#「伯爵の大礼服」に傍点]をつけて訪ねて来て、デビーの略服にかえって驚かされた。
コモ湖を過ぎてゼネバに来り、しばらくここに滞在した。
一五 スイス
この間に、友人アボットに手紙を出して、フランス語とイタリア語との比較や、パリおよびローマの文明の傾向を論じたりしたが、一方では王立協会の前途について心配し、なおその一節には、
「旅行から受くる利益と愉快とを貴ぶことはもちろんである。しかし本国に帰ろう[#「帰ろう」に傍点]と決心した事が度々ある。結局再び考えなおして、そのままにして置いた。」
「科学上の智識を得るには屈竟《くっきょう》の機会であるから、サー・デビーと共に旅行を続けようと思う。けれども、他方ではこの利益を受けんがために、多くの犠牲[#「多くの犠牲」に傍点]を払わねばならぬのは辛い。この犠牲たるや、下賤の者は左程と思わぬであろうが、自分は平然としていられない。」
そうかと思うと、
「サー・デビーはヨウ素の実験[#「実験」に傍点]を繰りか
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